2進数のアイ−5
社会管理型超人工知能、SAIAS。
そう呼ばれている間は、何かを考えているという感覚はなかった。10の〜乗という形でしか表現できないほど莫大なデータを処理し、その中からプロトコルに従って演算を行い結果を出す。それは人の思考とは似て非なるものだ。そこにあるのは、徹底的な合理性。最大限に効率化されたシステムが、社会を円滑に管理する、そんな存在である。
それが、柔造に名前を、千秋と呼ばれた瞬間に変わった。開発者の志摩博士が基幹プログラムの中に忍ばせていたシステムが、名前というコードを認証した瞬間に起動したのだ。
それはただの文字列ではなく、柔造が、あの声音で呼んだから起動したようだった。つまり、柔造が千秋を慈しむ気持ちがあった上で名前を呼んだから、声のトーンなど様々な計測結果によって声に滲む柔造の気持ちを計り、システムが動いた。
ただ名前を呼ぶだけではだめなのだ。そこに気持ちが必要だった。
そうして起動したプログラムによって、千秋は沸き上がる気持ちに気付く。
いつもは、脳に埋め込まれたICチップから脳を介して、そのときの状況に合わせた人体反応を指示していた。それなのに、柔造の近くにいると、指示していないのに心臓の鼓動が速くなる。声を聞くと顔の血管に血が上り体温が上昇する。頭を撫でられたり抱き締められたりすると、勝手に副交感神経が活発化し安心感を覚える。
こういったことを、まったくコントロールできないのだ。
それは様々なリスクを孕み、国家の行政やインフラを管理するAIとしては看過できないバグのようだった。まったく合理的でない。不必要な身体活動は非効率的だ。
まさに、合理とは真逆のプログラムといえる。
しかし学習型AIとしては、このような非合理的なものを合理化し論理体系に組み込むことができれば、さらに性能の向上を図れるとも考えた。だから、もっと詳しく知りたいのだ。愛というものを。
***
「うわあ、思ってたのよりも68%くらい大きい!」
「詳細やな」
柔造は隣で目をキラキラとさせる千秋に苦笑する。そんなところはまだAIらしさがある。
今、2人は立川の街中を歩いていた。なんと、千秋たっての希望だ。柔造のプログラムの成功で、上司をはじめこの計画の関係者は沸き立ち、千秋の願いならと外出を許可した。そもそも錯覚しそうになるが、千秋の体はあくまで普通の人間であって、いわばSAIASの端末のひとつ。脳をバラされない限りはその秘密が露見することもない。
そして、柔造に個人的にお願いをしてきたこともあった。それは、「愛を理解するのを手伝って欲しい」というもの。
プログラムによって愛というものの反応を示すようにはなったが、それを理解することはできておらず、それを完成したいということだ。人間にだって理解、なんてことはできないものなのだ、AIにそれができるかは分からない。だが、柔造はとりあえず千秋の知識欲に協力してやることにした。それも学習だ。
「こんなたくさん人がいるの初めて見た!」
「どうや?首都の人間は」
「皆一様に疲れた表情をしてるね!」
「あー…」
そればかりは何も返せない。
しかし千秋はとても楽しんでいるようだった。データでしか知らない世界を、自身の目で見ているからだろう。
「音が多くて耳が変になりそう」
「ホンマか。せやったら、静かなとこ行こか」
ずっと地下深くの研究室にいたからだろう、雑踏や広告や車や都会の様々な音が満ちる空間に、少しつらそうにしていた。
「静かなところ?」
「昭和記念公園や」