本当はずっと−2




―――そうは思ったが。


「…いや、これは聞いてないぞ…」


二人の目の前に突如として現れた悪魔。その特徴的な姿は、手騎士でもある千秋にとって当然知っているものだった。
そして、こんなところでお目にかかるようなものでは、決してなかったのだ。


「なんやこいつ…!」

「ソロモン72柱、序列71位の悪魔、ダンタリオンだ」


姿は人型、しかしその顔は次々に変わっていく。老婆、青年、中年男性、幼女、あらゆる老若男女の顔に変わりながら歩く。その右手には本が握られている。


「72分の71?やったらザコやん」

「バカか、ソロモン72柱の悪魔はすべて下級悪魔の軍団を率いる公爵だぞ。序列71といえど、36の軍団を率いる…上一級が数人必要だ」

「はぁ!?なんでそんなんがこんな山ん中におんねん!」

「知るか!でも誰かしらに憑依している以上、祓うしかない」


千秋はショットガンを構え、ダンタリオンに銃口を向ける。金造も錫杖を構えた。


「ダンタリオン!なぜお前がこんなところにいる!」

「何故?其れは存在理由か?嗚呼、しかし存在理由への探求は形而上学に於いて表象と外在の不一致を疑うことに始まる以上、双方の真存在を担保することが此の物質界にてできぬ私には到底至れぬ境地である」

「何ワケ分からんこと言ってんねや!」


その点には金造に完全に同意だ。あらゆる学問に精通するダンタリオンは、その知識量から人間の理解の範疇を超えていることを言う。


「憑依している人間から出ていけ!さもなければ祓う!」

「断る」


たったそれだけ、それを言ってダンタリオンは老人の顔で目を見開いた。次の瞬間、地面が砕けちり、金造と千秋に破片を飛ばす。それをさっと避けるなり、千秋は印章を取り出して破片が掠った頬から流れる血をつける。


「アフラ・マズダよ、天則に従い第一に懇願する。我らに王権の恩典を授けよ、助力者たちを楽土に置きたもうことのできんがために!」


そして聖典の言葉を唱えると、地中から金属の腕が地面を突き破って現れた。右腕、ついで左腕。やがて全身が現れ、人型の鉱物や金属でコーティングされた悪魔が召喚された。
土の王の眷属で、ゾロアスター教において天の王権を象徴する善なる神、フシャスラ・ワルヤだ。金属や鉱物を司る。


「相変わらず変なモン出しよるな」

「神だぞ一応」


金造は現れた悪魔に引いた目を向けた。普通の手騎士は、正十字騎士團であればキリスト教か仏教の悪魔を召喚する。
対して、千秋はゾロアスター教として正十字騎士團に所属していた。信徒そのものが少ないことから少数派であるが、元は世界最古の宗教だ。


「フシャスラ・ワルヤ、あのダンタリオンに一発かましてやれ」


こくり、と頷いたフシャスラ・ワルヤは、重そうな見た目とは裏腹に俊敏に動き、手を剣に変型させてダンタリオンに叩き込んだ。しかしダンタリオンはそれを軽く交わし、地中から火の王の眷属である悪魔を呼び出して業火を浴びせた。


「悪魔が悪魔を呼び出すとかチートやろ…」

「チッ、アフラ・マズダよ、天則に従い第一に懇願する。我らに水の恩典を授けよ、助力者たちを楽土に置きたもうことのできんがために!」


千秋は急いで別の印章を取りだし、固まりかけていた頬の血をつけて唱えた。ついで、地中から水柱がドン、と立ち上がり、中から美しい女性が現れる。水を司る大天使、ハルワタートである。


「ハルワタート、頼む」


ハルワタートも頷いて、業火に溶けかけるフシャスラ・ワルヤに水を大波のように発生させてぶちまけた。水蒸気が一気に視界を曇らせる。同時に、千秋自身の視界もふらついた。
体が傾きかけるが、すんでで立て直す。さすがに、神格級の悪魔を2体同時に召喚するのはきつかった。
やはり、こんなダンタリオンなどという上級悪魔を上一級と中二級で相手するなど無理がある。撤退するべきだろう。

しかし、ダンタリオンは攻撃をする気配はなかった。むしろ、金造をじっと見つめている。水蒸気に隠れて金造からは見えていないだろうが、晴れつつある千秋からは見えていた。
まずい、と直感するが、遅かった。


「面白い、人の心のなんと愉快なことか。それ故、止められぬ」


ダンタリオンはそう言うと、金造に向かって手をかざす。咄嗟に庇おうと飛び出すが、ダンタリオンは攻撃などをしたわけではなかった。


「私の能力の根元は学問に非ず」


そう言い残したダンタリオンは、呆気ないほど簡単に姿を消した。気配で、まったく近くにいないことが分かる。
千秋はフシャスラ・ワルヤとハルワタートを虚無界に戻し、金造に駆け寄った。


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