priceless preciousness−2
「んー、じゃあ単刀直入に聞くんだけど…なんでそんなして執事やりたいの?」
志望理由、というわけではないが、個人的に気になっていることでもあった。獅郎は分かるとして、なぜ燐自身も執事になりたいと思うのか。自由に生きてきたのであろう生活を捨ててまで、何がしたいのか。
「……その、俺と雪男…あ、弟なんだけど、そのどっちかなら俺のがいいと思うんだよ。俺、中卒のフリーター予定だったし、喧嘩は雪男よりつえーし」
「それは燐自身の理由じゃないよね。君自身は、執事になってどうしたいわけ?」
もごもごと用意してきたのであろう理由を述べた燐に鋭く突っ込む。千秋が聞きたいのは、燐がどう思っているかなのだ。
「っ、!……俺は、雪男に執事になって欲しくねぇんだ。あいつ、医者になりたいって夢があって、すげぇ頑張って頭いい高校も受かってる。俺は夢も何もねぇから、せめて、雪男に夢を叶えて欲しいんだ」
迷ったようにしながらも燐が話したのは、恐らく本心だろう。双子の弟の雪男は、夢があるから、それを邪魔して欲しくないのだと。特に燐自身が執事をやりたいというよりかは、雪男を守りたいからだと見ていい。
本心が他人を想ってのこととは、千秋としては驚いた。金とか安定とか、そういった要素が出るのが自身の理由だし、それは大事なモチベーションだ。しかし燐は、そうではなく、ただ雪男に自分の道を歩ませたかったからなのだという。それだけ、自分のことのように雪男を大事に思っているということだ。
「…優しい兄貴なんだね」
「いや…俺、兄貴なのにあいつのためになれるようなこと、なかなかできねぇから。せめてこれくらいはな」
言ってから、これくらい、という言い方がまずいと思ったのか燐が慌てる。
「あ、いや、これくらいってのは嘘!執事の仕事めっちゃ頑張るから!……だから、俺を雇って欲しい…」
千秋は紅茶を啜ると、カップを静かに置く。決断は千秋に委ねられている。人の人生をかけた決断だ。これから、何度も同じようなことをする千秋は、無情になることも正直できたし、求められる立場だ。しかし、これだけ優しい燐が執事になるということは、決してデメリットになるようなことではない。
それに、と千秋は燐を見る。
不安そうな燐は、それでも瞳にしっかりとした強さを感じられた。人を守ろうという強い意志だ。そんな優しさが、千秋にはとても眩しく感じられた。
「……俺、雪男君が羨ましいよ」
「へ……?」
「…よし、じゃあそこまで言うなら採用しよう!」
小声で言ったことに燐が首を傾げ、聞き返す前に千秋は言った。断る理由もないし、本当にまずいなら当主がすでに徹底的な拒否をしていたはずだ。問題ない。
燐は一瞬呆けたようにしながら、目を見開いた。
「え、マジで!?いいの!?」
「いいよ。よろしくね」
「っ!!サンキューな千秋!!…じゃなかった、千秋様!!」
「あはは、いいよ呼び捨てで。公の場でだけそう呼べばいいから」
「…分かった。ほんとにありがとな」
燐は綺麗に頬笑む。結構男前だなこいつ、と思いながら頷いた。
とりあえずは護衛だけしてくれればいい。知識的なことは、すでに千秋は英才教育で叩き込まれているから心配なかった。
あとは自分も雪男と同じように、と思いかけたところで、内心で首を振る。それは燐の仕事ではない。いくら主従といえど、燐は燐という人格がある、尊重しなければならない部分は誰にでもあるのだ。
そんなことをごちゃごちゃと考えながらも、それをおくびにも出さずに、千秋は燐と握手に応じた。