priceless preciousness−3
それから数ヶ月、2人は揃って正十字学園へ入学した。
東京都心に位置していながら全寮制という特殊な学園で、金持ちの子息が通う場としても知られる。この学園で学生のうちから社交界のように交流をつくり、社会へと出ていくのである。
燐は同い年であることを最大限に生かして、学園内での護衛の役割もすることになっていた。そういうことは珍しくないため、学園も偏差値に関係なく許可している。金さえあれば道理も引っ込むのだ。
燐は思った通りのいいやつで、不良っぽさこそあるものの、基本的には優しくて気が利く。執事だからというより、そういう性分なのだろう。だから、今ではすっかり仲の良い友達のようでもあった。
***
「ほら、起きろよ千秋」
「…あと25分…」
「絶妙になげぇな…ほら、飯できてるぞ」
「……おきる」
言葉とともに美味しそうな匂いがしてきて、自然と体が起きる。燐は少し呆れたようにしながらも、ベッドの上で上体を起こす千秋の頭をぽんぽんと撫でた。根っからの兄貴肌なのか、たまにこうして子供扱いされる。
「顔洗ってこい」
「ん……」
燐は喧嘩が強いだけでなく、料理もうまい。しかもべらぼうに美味い。正直、屋敷のシェフよりも燐の家庭料理の方が落ち着いて好きだった。寮に来てからというもの、燐にすっかり胃袋を掴まれ、燐が執事で良かったと心底思っている。
そんな燐の朝食ということで、毎朝眠気を堪えて起きることができるようになった。屋敷ではよく起きなくて使用人を困らせていたものだ。
顔を洗ってようやく意識がはっきりとすると、ダイニングテーブルに並んだブリティッシュ・ブレックファストが鮮やかに待っていた。
テーブルについて食べ始めると、燐も向かいに座り食べる。ふと、燐はプリントをテーブルの端に置いた。
「なんか郵便受けに入ってたぞ。生徒会の推薦だと」
「あぁ…一定以上の家柄に届くらしいよ。面倒だけど、入らないと」
この学園は完全な家柄主義で、生徒会は選挙ではなく、推薦で決まる。一応信任としての選挙はあるのだが、中身はない。
二宮家は、今のところ中等部から高等部の6学年分の中でも5本の指に入る高い家柄だ。生徒会に入らないわけにはいかないし、生徒会に入ることはステータスでもある。当主からも入るよう言われていた。
「へぇ…金持ちって大変だな」
しみじみと燐は、他意なく言った。そのリアクションが新鮮で、衒いない様子が面白かった。
「今さらでしょ」
「まぁな。つか、生徒会入ったら活動中は俺側にいれなくね?」
「そだね。まぁ、それくらい自由な時間過ごせて良かったじゃん」
「別にお前といる時間が苦なわけじゃねぇし、むしろ楽しいし」
燐は、何気なくコーヒーを飲みながらそう返した。本当に何でもないように言ったが、千秋は驚いて手を止めてしまった。それに気付いた燐は怪訝にする。
「…どーした?」
「…そんなこと、初めて言われた」
なおもよく分かっていない燐に、千秋は苦笑しながら付け足す。
「俺といて苦じゃないとか、楽しいとかさ。苦だって言われたこともないけど、楽しいとも言われたこともない。使用人だって仕事だし、友達だって商売のためだから」
「……そーか」
顔を曇らせる燐に、途端に申し訳なくなる。朝から話すようなことではない。
「いやぁ、大したことじゃないからね?それこそ、金持ちは大変だってだけ。その分、未来は約束されてんだもん、一長一短だよ」
それは嘘ではない。確かに世間一般のような幸せではないかもしれないが、千秋や学園の生徒たちには、確かな未来が約束されているのだ。そう何もかも同時に手に入れることができるほど世の中は甘くない。
燐はなおも気にしていながらも、「そっか」ともう一度うなずいて話を終えてくれた。