君はヒーロー−4


慌てて会場に戻ると、着飾った人々がパニックになっていた。従業員も顔を強張らせている。揺れるシャンデリアは音を立て、室内は悲鳴と怯える声に満ちる。
千秋を見て、ウェイトレスや ウェイターが半泣きで駆け寄ってきた。


「チーフ!」

「な、何が起きてるんですか!?」

「どうすれば…!」


まずい、こんなところを見られてはパニックが増長される。直に防災センターのアナウンスがあるから、まずは落ち着かせなくては。


「大丈夫だ、訓練通りにやればいい。まずはお客様を落ち着かせて」

「は、はい!」


あえて敬語を外してやる。上からの指示というのは安心するものだ、そのため、わざと対等でないようにした。
持っていた携帯を耳に宛て直したが、通話は切れている。階下にいたはずだが、大丈夫だろうか。

それに、と千秋は頭を巡らせる。

高層ビルにおける非常ベルは、出火階とその上下のフロアでのみ連動して鳴らされる。音からしても明らかだったが、爆発らしき現象は直下の21階で起きたはずだ。

すぐにでも、少なくとも20階には全員を送らなければならない。

千秋はすぐさま会場前方、先ほど挨拶が行われていた檀上に上がった。会場のあちこちでスタッフに客が詰め寄っている。さすがに爆発音には平静さを失なっているようだったし、脳裏には先日の御茶ノ水高層ビル火災が浮かんでいるのだろう。

千秋は檀上に上がると、マイクをONにする。


『お客様へご案内いたします。只今、階下にて火災が発生しております。これより従業員が安全な通路へご案内いたしますので、どうか落ち着いて行動してください。従業員は、マニュアル通り、お客様を特別避難階段へ誘導してください』


ざわざわとしていた客たちだったが、従業員がマニュアル通りの誘導を開始すると、すぐに従う。目の前に火災も煙も見えていないため、まずは平静さを取り戻してくれたらしい。
特別避難階段まで出れば、20階に着いたところで確実に助かったといえる。

特別避難階段とは、高層ビルに設置を義務付けられた非常階段の一種である。延焼や煙の充満を防ぐため、フロアと階段との間に附室という部屋を挟んでいるものだ。附室は外気を取り込んで煙が入らないよう気圧を調整するシステムを備えている。避難を終えて防火扉を閉めてしまえば、ゆっくり移動しても助かる。
建築基準法や消防法により、階を跨ぐ延焼は構造上ほとんど起こらないため、理論上は出火階さえ離れれば安全なのである。

それにしても、いつまで経ってもアナウンスが流れない。防災センターは何をしているのか。千秋は電話をいれる。防災センター分室の若い男が応答した。


『こ、こちら15階防災センター分室!』

「二宮だけど、どうなってる?」

『二宮さん!1階の防災センターと連絡取れないんです!11階のレストランも爆発して、地下街も爆発したらしくて…』

「は…?」


もたらされた情報に、一瞬頭が真っ白になった。
どうやら爆発は、21階だけでなく11階と地下1階でも起きているらしい。1階の防災センターと連絡が取れないのもそのせいだろう。


「消防へは?」

『連絡しました!ハイパーレスキューが来てくれるって…』

「よし、ならエレベーター配電盤を弄れるな?」

『へっ、なんすかそれ』

「は?」


男は、まさに先ほど21階の山田が言っていたように、要領を得ない。まさか、と疑念が頭をもたげ、恐る恐る確認する。


「お前、自衛消防技術認定者資格と防災センター要員資格は?」

『持ってないですよ!俺ただの警備員バイトですもん!』

「嘘だろ!?…くそ、」


高層ビルなど一定の規模以上の建築物には、防災センターないし中央監視室の設置が義務付けられ、だいたい1階にある。防災センターを管理できるのは防災センター要員資格を持つ者だけであり、さらに東京都は条例によって、それとは別に自衛消防技術認定試験というのをパスしなければならない。
このホテルは、一応義務ではない分室というのを中層に設けていたが、その実そこにいるのはただの警備員バイトだったらしい。


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