priceless preciousness−4
夏の日差しも厳しくなって来た頃、生徒会にも慣れた千秋は、側に燐のいない時間には未だに慣れずにいた。
生徒会には自然と家柄が高い者しかいないため、学園内でも特にセキュリティの厳しい校舎に生徒会室がある。当然、生徒会ではない燐は入れないため、生徒会の活動中は側に燐がいなかった。
今は、書記として報告書を職員室に出しに行っている最中である。クラスでも寮でも一緒にいるため、こうして1人で廊下を歩いていると不思議な感じがする。今まではこれが当たり前だったのにだ。
ため息をついて、厳しい日差しが差し込む廊下の窓辺でつい立ち止まる。外には反対側の校舎が見えるだけで特に何の変哲もない光景だ。
思い出されるのは、先ほど生徒会室で聞いた話。他の役員たちの雑談だった。
来る夏休み、役員たちはそれぞれ家族で旅行や別荘に行くらしい。楽しそうに話す様子は、中身こそバカみたいに金のかかるものだったが、浮き足立つのは普通の学生と変わらないだろう。
家族と一緒に海外や別荘で過ごすのが楽しみに感じられるのである。
千秋も避暑地の別荘に行く予定はあるので当たり障りなく会話に加わっていたが、今はこうして何度もため息を漏らしてしまう。
別荘に、両親は伴わない。今まで旅行も別荘も経験したが、そこに両親の姿はなかった。いつだって、付き人の使用人たちだけだった。
もちろん彼らは付き添いでしかないので、楽しさを共有する相手ではない。仕事だから一緒にいるだけなのだ。
両親は基本的に仕事にしか興味はなく、結婚は政略結婚、子供は便宜上つくっただけだ。直接聞いたわけではないが、それくらい分かる。だから、千秋は愛されている自覚はなかった。とはいっても、十分過ぎるほど生活を支えてもらっているし、きちんと子供だと認識されている。一般的な親子でないだけだ。
別にそれに不満はない。約束された未来に向かって敷かれたレールを行くだけの簡単な人生。それに円満な家族まで求めようとは思わない。求めすぎだ。
そう言い聞かせてきた。
しかしいざ、こうやって他の子息たちと話すと、それくらいは皆持ち合わせていた。幸せな家庭と成功した事業、その程度なら持っていて当然だった。
家柄こそトップクラスでも、千秋には"家庭"が圧倒的に足りていなかったのだ。それをまざまざと見せ付けられて、何となく、気力を無くしていた。
燐に会いたいな、なんて思うが、燐にとっての家族は獅郎や雪男であって、千秋ではない。仕える相手、友達、それくらいの関係だろう。
「……甘えすぎちゃ、だめだ」
燐は雪男のために執事を引き受けた。そんな優しい燐に、さらなるものを求めてはいけない。
心のどこかで欲していたものを無意識に見出だそうとする心を叱咤して歩き出す。
すると、そのときだった。
突然、後ろから手が伸びてくるなり、口もとにタオルを押し付けられた。咄嗟に息を止めようとしたが、もう1人が前に回り腹に拳を入れてきた。
「ぐっ…!?」
前に回ってきたのは黒いスーツに身を包んだ男で、そのパンチによって息を吸ってしまった瞬間、くらりと意識が遠退いた。クロロホルムか何かだろう。
典型的な手口に、意識が途切れる直前、ポケットに手を突っ込みスマホを押した。気付かれて腕を引っ張られてしまうが、きちんと押せただろうか。そんなことを確認する余裕などなく、ついにブラックアウトした。