君はヒーロー−7




「っ、ここにいます!」

「!!おい、声がしたぞ…聞こえますか!!」

「聞こえます!」

「ハイパーレスキューです、そちらはどうなっていますか!」


レスキュー、しかもハイパーレスキューの到着に、一同の安堵の息が漏れる。


「火に囲まれていて、けほっ、この扉しか逃げ場がありません、消火栓も、いつまでもつか…」

「千秋!?」


すると、向こうから聞き慣れた声がした。まさかの主に、目を見開く。


「竜士!?」

「知り合いか?なら、お前から説明しろ」

「はい…聞こえるか、千秋」


もしかしたらとは思ったが、屋上からヘリコプターで降下してきたのはエアハイパーレスキューだったらしい。恋人が助けに来た、それだけで腰が抜けそうになるくらい安心したが、まだ油断できない。


「これからウォーターカッターを使う。分かるやろ?」

「うん…水圧で、はぁ、貫通させて消火すんでしょ…?」

「あぁ、まずはそっちの火ィ消さなあかん。ちょっと扉から離れとってくれ」

「分かった」


ガスが立ち込めていたり、扉を開けると酸素に向かって猛烈に火が吹き込んでくるような状況において、扉を開けずに中の消火を行うのがウォーターカッターだ。水圧で鉄鋼の扉を貫通させ、水を室内にぶちまける。
今回は歪んだ扉をダイヤモンドカッターで切断する前に、まずはウォーターカッターで火を遠ざけて千秋たちの安全を保つつもりらしい。

千秋は全員下がらせ、谷口には横の火の手だけ消させながら、隊員たちに合図した。
途端に激しい圧力が吹き付ける音が扉から響くと、パンという乾いた音とともに大量の水が扉の一点から吹き出してきた。近寄っていた火はみるみる消えていく。

消火栓とは別に、消防消火栓という配管が高層ビルには備え付けられており、地上でポンプ車からそこに繋ぎ、出火階で消火栓に消防用のホースを繋ぐと、消火栓では耐えられないようなとてつもない水圧の水が使える。大人2人がホースを持ってもよろめくほどの強さで、それをたった1人で扱うのが消防士である。

ひとしきり火を遠ざけると、竜士が声をかけてきた。


「引き続きダイヤモンドカッターで裁断するさかい、待っとれ」

「うん」


下がらせたまま、今度は扉の切断が始まる。ハイパーレスキューはほとんどが扱う資格を有している、特殊機材のダイヤモンドカッターが運転音を轟かせた。甲高い金属の裂ける音とともに、扉にまっすぐ亀裂が入っていく。

するとそのとき、再び爆発が発生した。ドンという短い爆音が鼓膜を震わせると、ついに天井が崩れ落ちてきた。コンクリートの崩れる轟音が響く。あまりの音の多さと大きさに、まるで水中のように耳が反応しきれなくなった。


「きゃああっ!!」

「っ!」


咄嗟に、近くにいた子供を突き飛ばす。それと同時に、背中を強い衝撃が走り、床に倒れこむとともに足に何かが当たり、一瞬重さを感じたあと、何も感じなくなった。

立ち込める土煙の中、恐る恐る振り返れば、崩落した瓦礫が右足を下敷きにしていた。まったく動かせない。
上を見上げれば、配電がむき出しになっていた。


「大丈夫か!!」


竜士の叫び声。負けじと千秋も叫んだ。


「げほっ、早くしろ!、大丈夫だから!!」


早く逃げないと、全員死ぬ。
爆発で、廊下は惨憺たる有様だった。
谷口は倒れて動かない。妊婦は腹を抱えて踞り、少年は腕から血を流し泣き叫ぶ。荒木は呻いて横になり、山田は相変わらず動かなかった。

カッターが扉の切断を続ける中、却って冷静に千秋は考えていた。


ハイパーレスキューは1小隊5人程度、今も声の数からしてその数とみていい。対して要救助者は5人、子供を抜いても4人。そして、動けないのは千秋だけだ。
自分を置いて先に行けだなんて、本当に言うときがくるとは思わなかった。


切断が終わり扉が開かれると、駆け込んできた隊員たちの息を飲む声が酸素マスク越しに聞こえた。


「俺の足は抜けそうにありません、ごほっ、けほ、他の人たちを、早く」

「なっ…千秋…っ!!」

「…分かりました、他の要救助者を優先します」

「なっ、隊長!!」


竜士は慌てて隊長の腕を掴む。その声音は今まで聞いたことがないほど焦っていた。


「竜士!」

「勝呂!」


それに諌めるため名前を呼ぶと、隊長と重なった。隊長は驚いたようにこちらを見る。竜士は、千秋の声に反応した。


「千秋…っ、」

「げほっ、けほっ…俺のこと助けるのに、時間がかかるの、分かるだろ…他の人がヤバいのも」

「せやけど…!」

「いいから」


マスク越しにも、竜士はすぐ分かった。目が合って、頬笑む。


「助けに来て、くれんでしょ…?」

「っ、当たり前やろ!」


隊長らしき男が、他の隊員に指示している。荒木たちを運び、同じように瓦礫が散らばる退路を先頭で開けさせる者も選んでいた。


「勝呂、お前はそこの妊婦を」

「……了解」

「大丈夫ですよ、すぐ戻ってきます」


安心させるように声をかけてきた隊長は、同時に竜士にも言い聞かせているのだろう。見捨てるわけではないと。
それに頷くと、竜士は酸素マスクを千秋に被せた。


「予備のマスクや。…すぐ来る」

「待っ、てる…」


竜士は千秋の手をきつく握った。それはすぐ離れ、竜士は妊婦を支えて立ち上がる。
格好つけたつもり、というわけでもなかったが、いざ竜士たちが断腸の思いを抱えていそうにしながら踵を返しているのを見ると、急速に不安が込み上げた。



彼らがいなくなると1人になる。
気にならなかった、パチパチという火の爆ぜる音やコンクリートの転がる音が耳につき、足には徐々に熱が近付く。またフロア中が炎に包まれており、輻射熱で肌が痛かった。
呼吸こそ苦しくないが、もし間に合わなかったら、という恐怖が沸き上がる。足元から生きたまま少しずつ炎に包まれる、そんなイメージが浮かんでしまうのだ。

火に音などないはずなのに、ゴオっという音が聞こえてくるかのような勢いが迫る。


「…はぁっ、けほっ、竜、士…!」


両親や友人の顔が浮かんだ。将来の夢もよぎった。それでも最後に瞼の裏に現れたのは、竜士の顔だった。

まだやりたいことがたくさんある。休みがなかなか合わないから、ほとんどデートの類いもしていない。もっと色んな経験をしたい。一緒にいたい。



――――死にたくない。

恐怖に視界が滲んだその瞬間だった。







「千秋ッ!!!」



ホースを携えた竜士が、突如として目の前に現れた。目が合って、手を握られた、その感覚に、滲んだ視界はついに溢れ落ちた。


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