君はヒーロー−8
無事に助け出された千秋は、肋骨1本と右足を折る大怪我を負ったものの、命に別条はなかった。他の客も一命は取り留めたらしい。
奇跡的に死者はなかったものの、52人が怪我をする大惨事となった。
しかもこの火災は、御茶ノ水のビル火災と並び、同一犯による事件だったのだ。犯人は配管工で、2つのビルでガス管を弄り爆発するよう仕掛けたらしい。中野坂上での一件後に捕まった。
また、ホテル側の杜撰な管理体制や社員への待遇でも問題が取り沙汰され、社長はホテルを再建できるはずもなく、ホテルは潰れた。
仕事を失ってしまった千秋だったものの、思いがけずテレビや新聞で報じられることになった。
助け出された荒木たちを始め、防災センターが機能しない中での千秋の的確な対応に称賛が集まったのだ。
日頃、竜士からもしものときのことを学んでいたからこその判断ばかりだったが、本当に助かった。
報道は千秋がいなければ死者が多数出ていただろうという専門家の意見を取り上げ、千秋を称える一方で、ホテル経営者の怠慢を批判した。そんな報道に苦笑しかできなかったのだが、それが効を奏し、退院後すぐに次の職場が決まったのだ。なんと、港区の一流ホテルである。
指導して、あの日も助けてくれた竜士はリハビリまで付き合ってくれて、職場復帰してからも過保護なまでに気に掛けてくる。感謝してもしきれない。
「別にええ」なんてぞんざいに返されるのだが。
そうやって、仕事を再開して少しした頃だった。
***
その日、ホテルのレストランにて、千秋はディナーのホールを担当していた。さすがに前職のような管理職ではなく、このホテルで1からやり直しである。しかし慣れていることもあり、すぐに昇進するだろう、なんて上司には言われていた。
「公務員なのにこんなとこ来れるなんてなぁ」
「あなた」
通りかかったテーブルで、男性がそんなことを言うと妻らしい女性が嗜める。確かに、公務員がこんな高級なところに足を運んでいるところを見られるのはよろしくない。
それにしても平日のディナータイムといえど何だか客が少ないな、と思いつつ、千秋はいつも通り注文を取り決め細やかなサービスを提供する。
「二宮君、お客さまが見えたから15番にご案内差し上げてくれ」
「はい」
19時過ぎ、ホールのチーフに指示されレストラン入り口に向かうと、思わず足が止まる。
「よぉ、千秋」
「りゅ、うじ……」
なんと、竜士が1人で来店してきたのだ。しかも、ドレスコードに従ってスーツ姿でだ。つい驚きで思考が止まりかけるが、すぐに立て直す。
「…失礼いたしました、ただいまお席にご案内いたします」
「おー」
聞いてないんだけど?と思いながらもプロとして責務を果たす。チーフに指定された通りのテーブルは、窓際の夜景が一望できる席。かなり特別だ。いったい何なのだろうか。
疑問は疑問のまま忘れる、そう務めながらも、やはり恋人となれば気にならないわけがなかった。
それでも引き続き注文をとり、やがて、ワインを出してコースの前菜を用意する。前菜を運ぼうと厨房に入ると、上司に手招きされた。
「二宮君、少し15番のお客さまのお相手をしてくれ。席について構わない」
「へ…?」
「いいから」
強めに言われ混乱する。こんな指示は経験がなかった。しかし言われたからには従わなければならない。千秋はスーツ姿のまま、竜士のテーブルに赴き、相席に座る。
「どういうこと…?」
「…話が、あんねん」
その真面目で硬い表情は、夜景が星空のように散りばめられる窓にしっかりと映る。何が何だか分からないまま、先を促した。