救いの祈り−4


千秋は瓦礫に埋まった道路の真ん中で、コンボスキニオンを持って祈りを捧げていた。
コンボスキニオンとは、東方教会におけるロザリオのようなものだ。コンボスキニオンもロザリオも、用途は同じ、個人での祈りに使う。

コンボスキニオンは、毛糸など紐を使って編んでつくる。毛糸による玉を100個繋ぎ合わせるようにして輪をつくり、輪の繋目から十字架を垂らしてくっつけ、さらに十字架の下に筆のようになった無数の紐の先端をふさふさとした尻尾のように垂らす。

そして、"イイススの祈り"という祈りの言葉を唱える度に玉を手繰り寄せていく形で使用する。

ロザリオも素材は違えど同じようなつくりで、祈りや黙想の順番や回数を間違えないようカウンターとして玉を手繰り寄せて使う。コンボスキニオンには数える意味はなく、単純に手を動かしてリズムをとり集中力を持たせるためだ。

コンボスキニオンまで使って祈りを捧げるなんて、銃器狂と呼ばれる自分には合わないかもしれない。だが、千秋はどうしても祈りたかった。
建物が崩壊しても逃げられるよう道路のど真ん中に立ってまでもだ。


すると突然、前方に人の気配を察した。一瞬聞こえた足音の重さからして、拳銃より大きいものは持っていない。その後も近付いてくるが、歩き方は拳銃を構えてのそれではなく、両手が空いていることが分かる。さらに、重心の移動のさせ方などは軍人のものではない。殺意も感じられず、あと少しで100回唱え終わるのもあって、先に祈りを終わらせることにした。


祈りが終わったところで、5メートルほど離れたところにいる男に視線を向ける。


「…何の用だ」

「用ってほどでもないんだけどね。気になって」

「あんた、見たところ外国人だろ。ジャーナリストかなんかか?」

「いや?正十字騎士團の祓魔師だよ」

「えっ…」


意外な肩書きに、思わず警戒を解いてしまう。前髪に両目が隠れた見るからに怪しい男なのにだ。
人好きのする笑顔を浮かべる男の役職は、なんと祓魔師。


「祓魔師は知ってるんだ」

「いや、だって俺、候補生だから…」

「えっ、そうなのかい!?」


むしろ男の方が驚いていた。こちらも相当びっくりしているが。さらに驚くべきことを男は続けた。


「ぼかぁアメリカ支部所属の上一級、ルーイン・ライトっていうんだ」

「っ、ライトニング…!?」


ベイルートでも聞いたことがある。詠唱・召喚儀式の達人だ。なぜこんなところにいるのか。
色々と聞きたいことはあった。それこそ、祓魔を学ぶ学生としても。しかし、傭兵としての直観が千秋の意識を覚まさせる。


「…話は後。あんた、人は殺せるのか?」

「…殺さないで済ませてきたかな」

「あっそ。邪魔はするなよ」


上一級相手に不遜過ぎるが、戦場では人を殺せない者に用はない。ここでは悪魔ではなく、人と人が殺し合うのだ。
今まさに、敵兵が接近してきていた。


「主イイスス・ハリストス、神の子よ、我、罪人を憐れみ給え」


そう呟きながらコンボスキニオンを手首に絡ませる左手を正面に翳すと、輝く光のラバルムがその前に現れる。
ラバルムとは、Xを縦に貫くようにPが重なり、Xの左にΑが、右にΩが描かれた紋章のことである。それを囲むように、円形にΚύριε Ἰησοῦ Χριστέ, Υἱέ τοῦ Θεοῦ, ἐλέησόν με τὸν ἁμαρτωλόνと書かれていた。

その魔法円は直径30センチほどで、常に千秋の近くに浮かぶ。そこから、任意の銃火器が現れ、それを使って戦闘を行うのだ。銃器狂と呼ばれる所以である。

敵は5人。アサルトライフルでいいだろう。そう思えば、魔法円からアサルトライフルが出現する。それを掴むと、気配を消して一気に敵へと距離を詰め、瓦礫の間から躍り出た。
敵に気づかれる前に、まず3人を銃撃した。残りはすぐに逃げ出す。


「逃がすかよ」


低く呟くと、後を追おうとする。しかし、肩を掴まれ止められた。つい反射で叩き落とし銃口を向けるが、そこにいたのはルーインだった。


「…邪魔はするなって言ったよな」

「逃げたんだからいいでしょ?それより君、すごい才能じゃないか!」

「…それはどーも」


敵はもう射程圏外だ。魔法円を消すとライフルも消える。ルーインを睨むと、気にせずにルーインは笑った。


「鋭い観察眼に手騎士で補助した竜騎士の実力。さすが戦場に立つだけある」

「だから?」

「君さ、僕らの聖天使團に入らない?」

「…聖天使團…その歳で…」

「言わないでくれ、それは僕が一番分かってるんだ…27にもなって…」


なんてネーミングだ、と少し引く。それはルーインも思っていたらしい。だが、話自体は魅力的だった。手に職つけられるということだ。


「俺まだ正規の祓魔師じゃないですけど」

「君なら受ければ受かるさ。しかもレバノン支部は機能していないから、自動的にヴァチカン本部所属!給料はレバノンの倍以上!」

「乗った」


そんな軽いノリで、千秋は頷いた。生活が補償されるから祓魔師になることを選んだのだ、この国がこれからどうなるか分からない以上、安定できるのは願ったり叶ったりだった。


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