救いの祈り2−2


任務完了後、現場を警察に引き渡すためその到着を待っていると、外のツインタワーを眺めていたルーインがふと振り返った。ソファーに座っていた千秋は目を瞬かせる。


「千秋さぁ、いちいち詠唱が自虐的なの気のせい?」

「……は?」


意味が分からない、という風に返したが、本当は分かっている。
分かっているからこそ、あえて聞き返した。


「罪人だとか汚れた唇だとか、自分のことを下げるものばっかりだよね」

「…悔恨は、東地中海の正教会の基本スタンスなんだから、当然だろ」


自らが罪深い生き物であるからこそ、神に救われること、それを容易く行う神の偉大さが強調される。それが、千秋の母国レバノンに近いアンティオキアやエデッサを中心に発達した、東地中海地域の正教会の特徴だった。


「ん〜、でも君は敬虔な信者ではなく、ただ母親との繋がりを祈りに見出だしていただけでしょ?それなら別に何でも、」

「うるさいな!あんたには関係ないだろ!」


ルーインの言葉を遮って、千秋は怒鳴る。実際、ルーインの言う通りだ。致死節でもない、言葉は限られているわけではなかった。


「…はぁ、またそれか。いつも大事なところで関係ないって切り捨てるよね」

「だから?実際、俺がどんな詠唱したっていいだろ」

「ぼかぁ君が好きだ。だから例え君自身でも、千秋のことを悪く言われるのは気に食わないな」

「それがなんだ!あんたが勝手に好きだっつってるだけだろ!これは俺の勝手だ!!」


そう言ってからハッとする。今のはさすがに言い過ぎた。
かつて告白されてから、千秋は 同じ気持ちを返したわけではない。ずるずると一緒にいるだけだ。それでも、こんな自分を好きだと言ってくれた人に対して言うことではない。
ルーインを見れなくて俯いていると、音もなく近寄ってきたルーインは、徐に千秋をソファーに押し倒した。


「…、ルーイン…?」

「それなら、僕も勝手にさせてもらおうかな」

「ちょ、なに、」


ルーインは突然、千秋のコートの下、シャツの内側に手を突っ込んできた。腹を、胸をまさぐられる。それが意味する行為はひとつしかなく、慌てて見上げれば、前髪の向こうで冷たい目がこちらを見下ろしていた。
本気だ。それに気付き青褪める。


「ふざけ、やめろ…っ!」

「うるさいよ」


冷たく言い放つと、いとも簡単にルーインは千秋の腕を頭の上で一纏めにした。抵抗できなくなり、さらに恐怖が沸き上がる。

―――まるであのときのようだ。
数年前を思い出し、体が震える。喉が引きつったように声が出なくなった。様子がおかしいことに気付いたのか、ルーインが怪訝そうに手を止めた。


(抵抗しないと、殺せ、殺せ)


あの頃と同じ強迫観念が沸き上がり、それと同時に一気に起き上がる。拍子に右肩が脱臼したようだが、気にせずに腰のホルスターから拳銃を取り出し、目にも止まらぬ速さで頭目掛けて発砲した。
ルーインはすぐに避けて後ずさる。 距離を取られた間に肩を戻し、その痛みで目が覚めた。



「…あ……」

「…はは、千秋、僕のこと本気で殺そうとしたでしょ」


避けきれなかったのか、ルーインの肩からは血が流れていた。貫通ではなく銃創だ。痛みで失神してもおかしくないのに薄ら笑いを浮かべていた。


「へぇ、躊躇いもなく殺せちゃうんだね〜、僕のこと」

「ち、ちが…っ!」


ルーインと分かって殺そうとしたわけではなかった。相手がルーインだと認識して撃つことはできない。少なくとも殺そうとしては。
だが、弁解する間もなく、警察が到着してしまった。


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