救いの祈り2−3
その後2人が会話することもなく、賑やかな街中をずっと沈黙して歩いていた。歩いて冷静になるうちに、沸々と怒りが沸いてくる。誰が悪いか、それは千秋にも非はある。しかし、襲ってきたのはルーインだ。怒っているようだが、ルーインの方が悪い。
マレーシア支部に着いたらまた悪臭が鼻をつき、さらに怒りが増す。イライラと言った方がいいか。
そのまま扉を開け、過ごしやすいヴァチカンに帰ってくると、ちょうどアーサーたち聖天使團もいた。この1年でそれなりにメンバーも増えている。
「おっ、帰ってきたな。すぐで悪いが次は……ん、どうした?」
アーサーは、2人が違う方向を向いて一言も発していないことに首を傾げる。
「喧嘩か?」
「このおっさんに聞いて」
「このクソガキがやんちゃでさ、子守りが大変だったよ」
「30のおじさんの痴呆が酷くて」
「ルーイン…おまえ10歳上だろう」
目も合わさず、まるで冷戦のように間接的に言い合う。アーサーは呆れたようにルーインを見た。
「同じレベルでどうする」
「言われてやんの、恥ずかし」
「ぼかぁ言いたいことは言う主義だからね。この被害妄想野郎にお灸据えないとって」
「っ、てめぇ…!」
被害妄想、という言葉についに怒りが頭を突き抜け、腰に下げていた短刀を素早く引き抜いて、包帯が巻かれているであろう銃創に向かって突き刺そうとする。短刀はルーインに当たることはなく、ルーインが構えた拳銃に阻まれた。鋭い金属音が響く。
「さすがアメリカ人様は言うことが違うなぁ?カネにまみれた無能国家が…!」
「資源のない小国なんて眼中にないんだよ、先進国はね」
心からの憎悪を込めて言うも、ルーインは酷薄な笑みを浮かべたまま。アーサーはタメ息をついて、短く、だが圧をこめて「やめろ」とだけ言った。
それに従い2人とも武器を下ろすと、アーサーは別の扉へ背を向ける。
「中央アジアで連続して任務が入った。行くぞ」
特に2人の間を取り成そうとはしない。それは、ルーインだけでなく千秋のことも大人として尊重し、2人で解決させようとしているからだろう。アーサーのそういうところは好きだった。
***
その後、中国支部敦煌出張所の要請で、敦煌付近の街道で悪魔を掃討した。地域柄なのか、仏教系の悪魔が目立つ中、ルーインと千秋は一言も喋ることなく戦った。さすがに必要な連携はしたものの、まったく会話はない。
続いて、ウズベキスタン支部のサマルカンド出張所でも同様の任務をこなしたが、苛立った千秋が戦車砲を呼び出して空き家を吹き飛ばすと少し怒られた。それをせせら笑ったルーインのために、わざと水道管を爆破して水浴びをさせてやった。
トルクメニスタンの地獄の門周辺では、もはや口論しながら八つ当りのように悪魔を祓っていった。他の祓魔師に出る幕はなかった。アーサーはついに怒るのをやめた。
そして、トルクメニスタンからカスピ海を渡った対岸、アゼルバイジャンの首都バクーでことは起こった。
夜、バクーの郊外の山の中、また口喧嘩とともに任務を終えた2人に対して、ついにアーサーが動いたのだ。険悪なまま、解決どころか悪化していく2人に怯え、他の祓魔師がアーサーに泣きついたらしい。
任務を終えて集合する時間に、アーサーは2人を並べた。
「いい加減にしないか。祓魔師はチームプレーが大事だと候補生でも知っているんだぞ」
無言の2人にタメ息をつき、アーサーはルーインの方を向く。
「何があったんだ」
「…千秋の詠唱が自虐的だって、言ったんだ。ぼかぁ千秋のことが好きだし、気分のいいものじゃないからね」
ルーインが千秋に想いを寄せていることは全員が知っている。だからこそ、皆どうせ解決すると最初は高をくくっていたのだ。
「そしたら、勝手に好きでいるんだろって。少し怒っちゃったから、脅そうと思って押し倒したんだ…いや本気じゃないって」
アーサーや周りの祓魔師たちからジト目で見られ、ルーインは慌てて補足する。
「まぁ、それについてはやり過ぎたって思ってるさ。でも、そのあと、千秋は僕のこと、本気で殺そうとしてきたんだ。…さすがの僕でも傷付いた」
「お前からそんな殊勝な言葉を聞くとは思わなかったな」
「言うよね〜」
アーサーの言う通り、意外ではある。傷付いた、なんて、ルーインとは無縁そうな言葉だ。だが、好きな人からそんなことをされれば誰でも傷つくことくらい、千秋にも分かった。