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橋を渡ると、すぐのところに茶屋がある。有名な名前のその店は、自分で抹茶をたてる体験をさせてもらえることも知られていた。
2人はそちらではなくほうじ茶のセットを頼む。朝祇は初めて来た店なのだが、1000円もほうじ茶にするので少し驚いた。いったいどうしたらそんな値段になるのかと思っていると、運ばれて来た大きなセットに納得する。
様々な茶器が並んだ大きな盆。小さな羊羹も添えられている。店員の女性に教わりながら、時間と手間をかけて淹れていくのだ。茶葉はもちろん、厳密に時間をタイマーで測ってまでして淹れるため、この大仰なセットの費用としての価格なのだろう。
「すごい…」
「せやろ?」
廉造が隣で微笑みながら、店員に教わる朝祇の横顔を眺めている。見守られている感じがして気になるが、お湯を別の容器に移し替えたり時間を測ったり、さらに茶を限界まで小さなお猪口に注いだりするため、集中せざるを得なかった。
長い時間をかけてようやく淹れ終わると、店員の女性も去り、ついに飲むことができる。
恐る恐る口に運ぶと、途端に口内に広がる豊かすぎる香りに、頭をがつんと殴られるかのような衝撃が走った。
「っ!?えっ、なにこれ!?うま!!」
「ええリアクションやな〜」
「香りのジャーマンスープレックス…」
「ぶは、なんやそれ!」
食レポでもしておくかと言ってみれば、廉造は噴き出す。しかし朝祇にしてもそれくらいの衝撃だったのだ。
羊羹を挟みつつ、二杯目も淹れ、十分楽しんだ。ちなみにだし汁が添えられていて、残った茶葉をそれにつけて食べることもできるのだが、さすがにそれは朝祇にはまだ早かった。苦味と渋みに顔をしかめてしまい、それも廉造に笑われた。
***
店を出ると、廉造は朝祇を住宅街の方へ誘った。なんの変哲もない斜面の宅地に向かう廉造に首を傾げると、緑の生い茂る遊歩道が見えてくる。
住宅街の中に現れる遊歩道の入り口からは、両側の木々が深く陰を落とす道の様子が見えて、それは暗いというより落ち着いた、趣のあるものに見えた。
紅葉している木々は赤い楓が多く、鮮やかな色合いも見える。道に落ちた赤い葉が秋の光に照らされていた。
「さわらびの道っていうんや」
「あぁ、聞いたことある」
「この時期は人も結構おるんやけど、平日の午前やし、ほとんどおらんやろ」
廉造の言う通り、道は美しく紅葉しているのだが、あまり人影は見えない。曲がり角で前を歩く人の姿もすぐ見えなくなってしまう。
すると、そっと手が温もりに包まれる。見ると、廉造の一回り大きい手が朝祇の右手を包んでいた。
「…行くで」
それだけ言うと廉造は歩き出す。つられて朝祇も足を動かすが、右手の温かさに口元が緩んでしまう。朝祇の機敏をこれでもかと察してくれる廉造に、好きだなぁ、としみじみと感じてしまうのだ。
木々の揺れる音と鼻孔をくすぐる緑の匂い、華やかな紅葉に爽やかな風。1000年に渡ってこの地が京都の人々にとって特別な憩いの地であったことも頷ける空間だった。
少し行くと、鳥居が見えてきた。正面には宇治上神社と書いてある。
「神社だ」
「寄ってく?」
「せっかくだし見てみたい」
廉造は興味ないかもしれないが、朝祇としてはこういうところは嫌いではない。閑散として人気のない境内に入ると、どんな神社が調べるためにネットをスマホで検索する。
調べてみると、かなり由緒ある神社だと分かった。
京都の世界遺産を構成するものの1つで、拝殿と本殿はともに国宝、特に本殿は平安時代後期に建築されたもので、現存する日本最古の神社建築だという。
祭られているのは応神天皇、仁徳天皇、そして応神天皇の息子であり宇治の地名の元となった皇太子である。3人とも、日本書紀などで語られるいわゆる神話的人物で、学術的に存在を証明できない。仁徳天皇と言えば、日本最大の古墳である大仙古墳の主ともされる。
なんかすごいぞ、と廉造に話してみると、廉造も興味深そうに聞いてくれた。
そのまま狭い境内をあちこち見てみると、長い年月を過ごした貫禄のある古めかしい建物があり、1000年を経てここに建つ姿に感心した。
一通り見て回ると、2人は神社を出て道に戻ったが、ふと朝祇は1人で楽しんでしまったことに気づく。
「…ごめん、ちょっとテンション上がった。つまんなくなかった?」
「なんで?朝祇が興味持ったモンは俺も興味あるで?」
思わずそう聞いてしまうと、廉造も何を言っているのか分からないとばかりに返す。そんな様子に朝祇は「そっか」とだけ言うが、どうしても我慢できなくなる。
そして、ちゅ、と廉造の顔の前に近づき唇を押し付けた。廉造は驚いて目を見張る。
「…お前俺のこと好きすぎだろ」
「……今更やん、つか、それは朝祇もやろ?」
驚いていたのも一瞬で、廉造は楽し気に微笑むと手を握る力を強くする。
「その通りですけど」
「もー…せやからそないにかいらしいことばっか言わんどって…」
もう一度、廉造は朝祇に顔を寄せてキスをする。
すると、顔を離した朝祇の鼻にぽす、と紅葉が落ちてきて、少しの間そこに引っかかって地面に落ちていった。まるで、そんなところでいちゃつくなと言われているようだった。
それに2人は揃ってくすりと笑うと、明るい紅葉の道をどちらからともなく再び歩き始めた。