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●本編完結後、冬の一コマ
冬がやってきて、学園指定のマフラーが手放せなくなってきた季節。
普段から指定のものを着ないで、勝手に白いカーディガンなどを着ている朝祇だが、このマフラーは指定のものながらとても上質なので珍しくきちんと身に付けていた。
もう少ししたらコートを着るようになる、というような冬の入り口は、やたら冬っぽいものが欲しくなってしまう。これで本番を迎えれば、もう冬を乗り切ることしか考えなくなり、寒さで何をする気にもなれなくなるだろう。
微妙にまだ動けるこの時期が一番、雪見大福やら肉まんやらが欲しくなってしまうのだ。
「肉まん食べたい」
「ホンマそれ」
寮の部屋の共有スペースにて、ソファーに寝転ぶ朝祇は空中に向かってそう呟いた。朝祇を抱きかかえるように一緒に横になる廉造もまた深く同意した。
「買ってくればええんやないですか」
「それはちゃうんねん子猫さん」
「外には出たくないってか、面倒くさい」
「はぁ…」
正面のソファーに座る子猫丸はよく分かっていなさそうにする。その隣に座ってライトニングの授業資料をまとめていた勝呂は呆れたようにため息をついた。
「分からんでええで猫。こいつらのアホに付き合う必要あらへん」
「ひどぉ」
「勝呂〜肉まん出して〜」
「出せるか!!」
「うわ〜ん廉造〜」
「よーしよし朝祇〜」
勝呂に一蹴され、朝祇は廉造の胸元に顔をうずめて泣くふりをする。廉造はよしよしと頭を撫でてくれた。それを見て勝呂はさらに深いため息をつく。
「夜のコンビニデートとでも思えばええんやないか」
すると勝呂はそんなことを言った。そんな言葉が勝呂から出てくるとは珍しい。だがその提案は2人にとっては魅力的に映る。確かに、この時間なら学園都市であるこの辺りは人通りもなくなり、デートに持ってこいだ。
がばりと2人はソファーから起き上がる。
「行くで朝祇」
「おう」
「え、でもそろそろ寮の門限ですやろ」
「大丈夫や子猫丸、片方スパイで片方チート手騎士候補やで、どうとでもなるやろ」
「坊…ライトニングにすっかり染まってはりますね…」
規則を破るかもしれない行為を平気で進める勝呂に子猫丸は驚いているが、勝呂は「バレて怒られるんはこいつらや」と気にしていなかった。
「ついでに俺の分も買ってこい」
「せやったら僕の分もお願いします」
「お前らも大概だよな」
そしてちゃっかり乗ってくる2人に、朝祇も少し呆れてしまった。
かくして、廉造と朝祇は夜の正十字学園町へと繰り出した。
***
ジャージにコートを羽織るというラフな格好で出て来た2人は、思ったよりも寒い外を歩く。やはり人の気配はなく、遠く都心の喧騒が聴こえてくるだけで静かなものだ。
坂道の階段をいくつも降りながら、最寄りのコンビニまで向かった。
「さっむ…」
「ちょっと薄着しすぎたなぁ」
廉造も同様だったらしく、2人して震える。勝呂に乗せられたことを少し後悔したところで、廉造はそっと朝祇の手を握った。
「廉造…?」
「寒いやろ、誰もおらんし」
「…ん、」
廉造の手に包まれると、廉造は朝祇の手ごと自身のコートのポケットに突っ込んだ。廉造の手とポケットの温もりが手からじんわりと伝わる。
コートのポケットに手を入れるとなると距離も縮まるため、2人の肩は触れ合っている。吐いた白い息すら近かった。
「京都よか寒ないなぁ」
「少しだけな」
「その少しが大事やねん」
盆地より、東京沿岸部の方が体感にして少し暖かく感じられる。長年京都暮らしだった廉造はなおさらそれを感じていることだろう。
「…今年は、いつもよりは温かいかも」
「え、そうなん?」
朝祇はポケットの中の手をぎゅっとしながらそう言った。廉造は単純に驚いていたが、朝祇はその顔をいたずらっぽく見上げてやる。
「だって隣に廉造いるから」
「っ、朝祇…」
朝祇の笑顔に、廉造は目を見開いたあと、急に朝祇を引っ張って近くに路地に連れ込んだ。そして、性急に抱き締められる。いったん手は離れたが、それ以上に近くなった。
近づいた顔、自然と2人の距離はゼロになる。
離れる唇の感覚に、思わず閉じた目を開くと、廉造の目と合う。その瞳は、言葉がなくとも朝祇への気持ちが溢れそうになっているのがよく分かった。目は口程に物を言うとはまさにこのことだ。
「もー…ホンマ、好きや、朝祇…」
「惚れ直した?」
「毎分毎秒惚れ直しとるよ」
「はは、俺も」
ぎゅう、と抱き締められる感覚は慣れたものだが、冬の寒空の下だとなおさら温もりを感じられる。そういう意味では、冬の寒さも良いものだと思えた。
ちなみに、その後勝呂と子猫丸に頼まれた分を買うのを忘れて怒られたのは、別の話である。