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その昼過ぎ、朝祇と廉造は着替えて虎屋を出掛けた。他のメンバーは動けないようだったが、2人は寝ればそれなりに回復したのだ。
そこで朝祇はせっかくなので、実家に寄っていくことにした。廉造は暇だと言ってついてくるらしい。
今日は母、真由美の仕事は休みであるはずなので、特に連絡もせず向かう。

バスで少し行けば、すぐに下京区北部の自宅に着く。帰宅といっても、まさに昨晩ここで結界を張ったばかりだが。


「おばさんに合うの久しぶりやんなぁ」

「去年はしょっちゅう来てたのにな」


卒業前はだいたい志摩家か朝祇の家で遊んでいた。ちなみに志摩家は皆2人の関係を知った上で迎えてくれたが、朝祇は真由美に伝えていない。志摩家も、伝えようとしたわけでなく、付き合うきっかけとなった事件に関わっていたからでしかない。
シングルマザーの一人息子というポジションなので、まだ正直、このことを伝える勇気はなかった。


朝祇はカギを開けて玄関に入る。そして、少しだけ懐かしさを感じながら「ただいまー」と声をかけた。

すると、一瞬の沈黙の後、どたどたと音がして、真由美が階段をかけ降りてきた。


「朝祇!?え、なんで!?」

「あー…ちょっと学校の用事で京都来ててさ、ついでに寄ったんだ」

「やだ、言ってよー!!って、廉造君も来てたのね」

「お久しぶりです〜」


真由美は驚愕して朝祇の背中を叩き、廉造に気付いてにっこりと取り繕う。


「もう、今年は帰ってこないのかと思ったわよ!」

「学園の用事だしね、だから今日もほんの少し寄っただけ」

「そうなの。少しお茶するくらい時間あるでしょ?」

「うん」


納得したのかしてないのか、母親らしい適当な返事で、とりあえず2人を上げた。暑かったので助かる。
リビングに上がり、2人はソファーに並んで座る。真由美はアイスティーを用意してソファーの前のローテーブルに置き、向かいに座った。

それからしばらく、学園の話をしてとりとめもなく会話を続けたのだが、ふいに真由美は爆弾を投下した。


「そういえば朝祇はそろそろ彼女できたの?」

「えっ、…いや、彼女はいないかな」


隣の廉造と揃ってギクリと肩を揺らす。そして、嘘はつかずに答えた。彼女は確かにいない。


「あら、そうなの?せっかくイケメンに生んであげたんだから選り取り見取りでしょう?」

「いや、そんな、はは、」


よりにもよって男選びましたとは言えない。


「朝祇にはそうね、お金持ちの逆玉で、清楚で、真面目で、一途な子がいいわね」

「そんな子いないって、ははは、」


隣の廉造から『貧乏で玉ついててチャラくて不真面目で女好きですすいません』という声が聞こえてきそうだ。一途なのは間違いでもないが、他は概ね正反対といえる。


「もう、浮いた話くらい期待してたのに。…あっ、そろそろ晩ごはんの仕度しないと、」

「あっ、手伝うよ」


そこで、真由美は時間が遅くなってきたことに気付いた。すかさず話を切り替えるべく、朝祇は名乗り出る。


「あらなによ、今までそんなこと言ったことなかったのに」

「学園で料理上手い友達に教えてもらったんだ」

「料理男子?いいじゃない、モテるわよ!でも廉造君来てるんだし…」

「俺はいつも学園で一緒やさかい、ぜひ2人で過ごしはってください」

「ほんと…?じゃあお手並みを拝見しようかしら」


真由美はいたずらっぽく言うと、 キッチンへ向かう。朝祇も残りの紅茶を飲み干して立ち上がる。


「そうだ、廉造君、朝祇のこと嫁にもらってく?優良物件よ?」

「ぶっ…そ、そんならぜひもろてこかな…?」


そして最後にドカンともう一発かまし、リビングを後にした。





キッチンで真由美と並び、夕食の準備に勤しむ。こんなことは初めてで、新鮮だ。


「あら、なかなか手際いいわね」

「わりとがっつり練習したからね」

「じゃあ次、それお願い」


そんな会話を挟みながら、狭いキッチンを動き回る。ハンバーグを作るらしく、朝祇はそのための玉ねぎをみじん切りにしていく。


「…朝祇、さっきはあぁ言ったけど、どんな人と付き合ってもいいのよ」

「…なにいきなり」

「どんな人があなたにとって良いのか悪いかなんてのは、あなたが決めることだもの。交際だけじゃない、周りに何を言われようと、周りがどんな価値観だろうと、自分を大事にしなさい」


その言葉は、朝祇にとってあまりに関係の深いもので。スパイである廉造やそれを巡る様々なことにおいて、何が善悪なのか分からなかった。


「そりゃ、大人だからなるべく成功する道を勧めたいわ。でもね、成功も失敗も、すべてあなたのものよ。成功しても失敗しても、それを大事にね」

「……うん、分かった」


もちろん真由美が朝祇の抱えるものを知っているわけではない。祓魔師のことも廉造のことも言っていないのだから。
それでも大人であり朝祇を最もよく知る母は、きっと朝祇に必要なことが分かっているのだろう。
小さく「ありがとう」と言うと、笑ってコンロに火をいれた。


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