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旅館の最寄り駅から近鉄京都線に乗り、東寺駅で降りて徒歩で東寺へ向かう。
教王護国寺とも呼ばれる東寺は、現存していない西寺とともに平安京の南の入り口、羅城門の両サイドを守護していた。
そもそも京都は、兄弟を殺して帝位についた桓武天皇が、その怨念を怖れて建設中の長岡京を廃棄して"四神相応"と呼ばれるこの地に平安京を築いたことに始まる。青龍は河川に、朱雀は沼に、白虎は道に、玄武は山に住むと言われていたため、それぞれの方角にこれらの地形を擁する地を四神相応という。それに黄龍を加えたものが、朝祇が結界として発動した"五神の守り地"である。
桓武天皇は四神相応の地に都を造ると、さらに鬼門と裏鬼門を中心に寺社仏閣を建立していった。四神相応は道教や陰陽道に基づくもので、その他にも神道も仏教も何でもありでとにかく建立した。それだけ恐れていたのである。日本の宗教がメチャクチャなのは、1000年モノの慣習ということだ。
ちなみに、桓武天皇が学術的に100%存在を証明できる最古の君主であり、その系統の天皇家が現在まで続くため、日本は"現存する世界最古の王朝"を持つ国である。次に古い国王はデンマーク王で、10世紀の人物だ。それゆえ日本は世界で唯一emperorの称号を冠する国家元首を持つ国である。1970年代にエチオピア帝国とパフレヴィー朝イラン帝国が崩壊して以来、emperorと呼ばれるのは日本の天皇のみとなっている。
そういった特殊性こそが、世界の中でも突出した観光都市・京都の魅力なのだ。
さて、いよいよ一行は東寺の境内に入り、2つ並んだ巨大な本殿にやって来た。燐が「おー…」と言っているが、その顔はよく分かっていなさそうだった。
「奥村、これ世界遺産だからね」
「マジで!?京都ってほんとに街中に世界遺産あんだな!」
「重要文化財がパッとしないように感じる街だしね」
本来は重要文化財ですら値段をつけられないほどの価値を持つのだ、この街がおかしい。
講堂に入ると、中は打って変わって静かだ。外は大きな道路に囲まれており車の喧噪に包まれているのだが、不思議と講堂の中は静謐な空気が保たれていた。
厳しい日差しの外と比べると、一瞬真っ暗にも感じられる、薄暗い室内。その空間の半分は、仏像が並べられている。いずれも国宝か重要文化財だ。
立体曼荼羅という仏像配置になっており、奥から順に五大明王、五智如来、五菩薩と15体が並び、その周りを帝釈天などが囲む。
中央の大日如来が大きく目立つが、実はこの大日如来と周りの五智如来像はいずれも重要文化財である。
その左側の5体が明王で、こちらはいずれも国宝となっている。中央にいるのが不動明王で、その握り締める剣は倶利伽羅剣である。
「あれが倶利伽羅やで」
「えっ、俺が持ってるやつ?」
さすがに詳しい勝呂が指差せば、燐は背中にかける倶利伽羅を見遣る。
倶利伽羅は不動明王に連なる悪魔の力を憑依させて使うための剣である。不浄王との戦いでは、烏枢沙摩を憑依させていた。烏枢沙摩は天台宗では五大明王の一人としてカウントされるが、この東寺のように真言宗では五大明王ではない。そのためここにはいなかった。
烏枢沙摩は天界で、仏界と人間界の間の炎の世界、火生三昧に生きる。その炎によって人の欲望が仏界に達しないよう焼き払い、人々に慈悲なる怒りでもって悟りを開かせようとするとされる。
仏教を生んだ時代のインドの言葉、サンスクリット語ではウッチュシュマといい、あらゆる不浄を浄化するための神とされていた。
「夜魔徳もいるじゃん」
「よう造るなぁ、似とらんけど」
不動明王の左後ろにいるのが大威徳明王、つまり廉造が使役する夜魔徳である。夜魔徳はサンスクリット語でヤマーンタカといい、やはり炎を司る。
「つーかこのサンスクリット語?てわりとそのまんま漢字にすんだな」
燐は解説に書かれたカタカナと漢字のサンスクリット語に、感心したように言った。意外とちゃんと読んでいる。
「卒塔婆もそうだよ」
「マジ!?」
墓石の後ろの木の板を卒塔婆というが、これはストゥーパから来ている。
「"瓦"もそうだし、"馬鹿"もサンスクリット語らしいね」
「すげえな!俺けっこーサンスクリット語使ってんじゃん!」
「うわ馬鹿っぽいリアクション…」
「さっそく使うなよ!」