行かないで


●3年前
金造(17)×夢主(15)



「柔兄…俺、明斗に嫌われてんやろか…」

「どないしてん金造」


柔造は、珍しく深刻な表情で落ち込む金造に相談を持ち掛けられて内心驚いた。この弟がそんな顔をできたのかという驚きである。
実家の居間でゆっくりとしていた夏休みの夜、柔造以外に誰もいなくなったところへ静かにやって来たと思えば相談事。しかし内容はそのことか、と呆れざるを得なかった。


「なんか、帰省する度に明斗の態度が素っ気ないモンになっとって…構いに行ったらうっとうしがられてもうたし…俺、明斗に嫌われるなんて無理や、往生しかあらへん…」

「うっとうしいやっちゃな」

「ひどい」


大して思ってもいないだろうリアクションをしたものの、金造は実際明斗に素っ気なくされて落ち込んでいた。学園にいてなかなか会えないからか、いつも帰省すると金造は明斗にベタベタするが、確かに去年の春くらいまでは普通に受け入れていたはず。
柔造もそれには気付いていて、年の功からか特に心を波立てずに受け止められたが、金造は高3にして初めてのことに戸惑っているようだった。


「金造、安心せえ。ただの反抗期や」

「…反抗期?明斗が?」

「明斗かて子供やねんぞ、そら反抗期くらい来るに決まっとるやろ」


反抗期、というと誰しもが通った道だが、それが明斗にも来たことが意外らしい。金造の気持ちも分からないでもない、何となく明斗はそういう子供っぽいこととは無縁そうだ。


「反抗期が来たっちゅうことは喜ばしいことやで。明斗が健全に心身の成長をしとることでもあるし、何より、反抗してもらえるだけ近い存在やって思われてることでもある」

「近い存在?」

「おん。不良やない普通の子ぉやったら、見ず知らずの他人に反抗なんてせえへん。家族やから反抗できんねん。せやから、家族として、きちんと受け止めて、ちゃんと明斗が自我を成長させられるようにせんと」

「柔兄……あんた親か……」

「それお父にも言われたわ。あんたが親やろがぃ思うたけどな」


実の父より子育てしている自覚は柔造にもある。明斗を滅法可愛がっている八百造は、その反抗期に金造と同じくショックを受けていた。まさにそっくりである。

金造は神妙に柔造の言葉を受け止めて、「ありがとぉな!」と言って慌ただしく去っていった。もう大丈夫だろうが、金造は直情型だから例え反抗期と分かっていても必要以上に傷付いてしまう。そこで、少し言っておくか、と柔造は兄の務めを果たすことにした。



***



お盆も終わろうか、という真夏の暑い夜。明斗は自室で一人畳に横になっていた。
廊下や隣の部屋からはドタバタと騒がしい音がひっきりなしに聞こえる。東京へ戻るために荷造りをしている金造の立てる音だ。帰省したついでに冬服をもう持っていくため、嵩張る服や小物やらをまとめているのだが、どうすればこう騒がしくできるのか。

そして明斗はといえば、そんな金造が帰るということで悶々としていた。

きっかけは数日前に柔造に言われたことだ。


「あんま金造のこと邪険にしたらあかんで。あいつは深く考えんさかい、言われたことを素直に受け止めてまう。明斗にうっとうしがられて傷ついとったで」


そう言われてから、明斗は色々と考えてしまうのだ。実際、金造は暑いというのにところ構わずくっついてくるし、「これ食うか?食うやろ!」というようにいちいち構い倒してくる上に強引だし、正直うっとうしい。
だが、傷付いている、と言われたときに、なぜか明斗自身も傷付いたような気持ちになった。自分のせいで金造が傷付いていると分かった瞬間、昔家族から虐げられた記憶から、それがどういう気持ちだか分かってしまったからだ。

すぐ謝らないと、と思ったのだが、いざそうしようとすると突っ掛かってしまう。なんで自分が、わざわざ謝るなんて面倒だ、恥ずかしい、照れ臭い、色んな気持ちがせめぎあって足が止まってしまうのだ。

どうしよう、もう明日には帰ってしまう。そう思いながら、やはり踏ん切りがつかずにうだうだとしていた。


すると、廊下に金造が出たのか、ドタドタとうるさい足音が響いてきた。もうこうなったら勢いだ、あえて何も考えずに行ってしまえ。そう思い、明斗は咄嗟に立ち上がって障子を開けた。


「金兄!」


廊下にいた金造を呼び止めると、金造はすぐにこちらを振り返る。ぱっと顔を明るくさせて、こちらに歩み寄ってきた。


「どないした、明斗」

「あ、えと、その、」


何も考えずに出てきたため、言葉をまったく用意しておらず、明斗は口ごもる。どうしよう、と思ったところに、金造がニヤリとして頭をわしゃわしゃと撫でてきた。


「わっ、」

「ん〜〜?金造お兄さまが東京戻るんが寂しいんか〜?」

「っ、」


からかって来た金造に、恥ずかしさから「んなわけあるか、うっとうしい!」という言葉が喉元まできたが、ふと柔造の言葉を思い出す。
『素直になるだけでええよ』と、金造のことを注意されたときに言われた。
照れて辛辣なことを言うより、恥ずかしくても素直に言ってやるのが金造にとって一番いいのだということだ。

謝ろうと思って出てきたのだ、ここで同じ轍を踏むわけには行かない。


「……うん、寂しい、」

「…………へっ、」


呆けたような金造の声に恥ずかしさが増したが、それでも、言葉に出したらストンとその気持ちが心に収まった。

本当は、本当に、寂しいのだ。


その気持ちのままに金造に抱き着くと、金造は反射のように受け止め、手を背中に回した。明斗は金造の肩に顎を乗せて、高い体温を感じる。金髪が視界の左側を埋めた。


「……本当はね、俺、いつも金兄が帰って来るとき嬉しいんだよ。すごく嬉しいんだけど、なんか、子供みたいで恥ずかしくて…今年で15なのに、兄貴が帰ってきてはしゃぐとか…」

「そ、そうだったん…?全然知らんかった」

「そりゃ、嘘ついてたし。帰ってきて欲しいなんて思ってない、とか言ったりね」

「……言われたわ」


帰ってきたで〜嬉しいやろ〜なんて言って帰省するなり抱き付いてきた金造に言った言葉だ。図星だったために思わず口をついて出た言葉だったのだが、金造は内心で傷付いていたのである。


「ほんと、ごめんなさい……嬉しかったんだよ、元気そうで。だから、ほんとは、」


これを言うのは一瞬ちょっとな、と思ったが、ここまで言ったら同じだ。言ってしまおうと口を開く。


「……行かないで、金兄…寂しい…」


そんなわけにはいかないと分かっていたが、つい言ってしまう。困らせるだけかもしれないが、本心だった。
どんな反応するだろう、と少し怯えたが、金造は思いきり抱き締める力を強くした。力強く筋肉質な腕に抱き締められ、少し苦しかったが、何よりも金造の気持ちが伝わった。


「…かいらしすぎやろ…連れ去ってまうで、学園まで」

「……金兄と東京か、楽しそう」

「んんっ、ホンマに明斗は…!」

「う、わ、」

金造は抱き締める力を弱めると、その代わりに思いきり凭れかかってきた。支えられるわけもなく、そのまま明斗の部屋に倒れ込む。覆い被さるように抱き締める金造に戸惑うと、金造は切なそうな目でこちらを見詰めた。


「ホンマ戻りとうないわ…」

「金兄…?」


すると突然、金造は明斗の額に口元を寄せ、軽いリップ音を鳴らして離れた。


「…そないなかわええ顔しとると、ペロッと食われてまうからな。気ぃつけな」

「え……うん、」


どういうことだろうか?と疑問に思っていると、それに気付いたのか金造は苦笑して頭を軽く撫でた。そして、勢いよく立ち上がって背を向ける。


「そろそろ準備終わらせんと。明斗もはよ寝ぇや」

「分かった…」


とりあえず、言いたいことは言えたから良かったのだろうか。何となく釈然としないが、最後に言われたことはよく分からなかった。


ちなみに、後に柔造に聞いてみたところ、「あいつ…!」と青筋を浮かべていたのだった。


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