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言われるがままに帰宅すると、廉造がニコニコとして出迎えてくれた。
「誕生日おめでとぉ、アキ兄」
「…ありがとう、廉造」
廉造は靴を脱いだ明斗の手を引っ張り、ダイニングへ案内する。
そこには、卓袱台にたくさんの料理が並べられ始めていた。
「おかえり、明斗」
「ただいま、剛兄…」
三男の剛造はそれを並べており、坊主らしい丸刈りの頭をかきながら笑う。
「おかんと飯作るの手伝ってんけど、難しなあ」
「えっ、剛兄が作ったの?」
「おかんに手伝ってもらいながらやけどな」
「アキ兄、俺もケーキ選んで買ってきてん。女の子がおすすめしてくれた京都駅前のやつやで!」
どうやら二人は食事担当だったらしい。剛造が手伝ったというたくさんの料理は、明斗の好物ばかりである。廉造は人気の駅前のケーキ屋までわざわざ行ってくれたようだ。
「…、ありがとう」
「まーた申し訳なさそうにする〜。まっ、それは柔兄担当やし。さっ、アキ兄は次行ってやぁ〜」
廉造はこれまで竜士や蝮が言っていたような意味深なことを言って、明斗を廊下に押し出す。示されたのは廊下の先で、そこから早めに帰省してきた金造が歩いてきていた。来月に祓魔師認定試験があるのに早く帰ってきてくれたのは、誕生日のためだけだ。いくら騎士称号が金造でも取りやすいとはいえ、余裕ではないはずである。
「明斗、こっちや」
金造はあっという間に近くまでやって来るなり明斗の腕を掴み、廊下を大股で歩き始めた。いつもは歩調を合わせてくれるのに今日は急ぎ足で、いつぞやの親族会議で連れ出された時を思い出す。
家族だと、兄弟だという自覚を持たせてくれたきっかけだ。
「明斗、ちょっと聞いて欲しいんや」
そうして連れてこられた縁側で、金造は用意していた三味線を取り出した。和風ロックのバンドとやらを組んでいるらしい金造の腕前は相当なものだと聞いたことがある。
「自前の曲聞かせるなんて、ちょいとクサい気もすんねんけどな、俺にはこういうんが一番性に合うねん」
「自分で作ったってこと?」
「せや」
何気ないように言うが、それは物凄いことではないか。よく分からないながら感嘆した明斗に笑い、金造は息を吸い込んだ。
そして歌い始めたのは、優しい音色に優しい歌声のバラード。三味線という古典楽器ながら、テレビで耳にするような現代風なサウンドだ。
その歌詞を後ろで聞いていると、それは家族のことを歌うものだと気付く。引いてはそれは、恐らく明斗のこと。
優しく語るように歌われるのは、明斗は唯一無二の存在で、生まれてきて出会うことができたことは奇跡であり必然であり、それを祝福したいのだという内容。
歌という客観的な形だったからか、金造の真っ直ぐな言葉と優しい歌声だからか、それは驚くほどすんなりと明斗の心の中に入ってきた。
少し、泣きそうになった。
隠したくて、後ろから歌い終わろうとする金造の肩に頭を乗せた。息を吐ききった金造は小さく笑い、その頭を撫でてくれる。
「俺はな、明斗が生まれてきてくれて、ホンマに嬉しいんや。祝いたいっちゅう気持ちは、その嬉しさから自然に出てきてもうたもんやさかい、止められへん。受け取ってくれへんやろか」
「…あり、がとう…!受け取る、受け取るよ…」
「…ん、ありがとぉな。んで、おめでとぉ、明斗」
ぐす、と鼻を鳴らすと、金造はまた小さく笑いながら頷いて、明斗の頭を離す。
「柔兄、最後の出番やで」
「俺の出る幕奪いよって」
「まぁ金造様やからな!…でも、任せた」
金造は柔造とすれ違い様にそう言って、部屋を出ていった。代わりに入ってきたのは柔造だ。
「さて明斗、今日はどうやった?」
近くにあぐらをかいて座った柔造は、明斗の少し目を赤くした顔を覗き込む。
「……俺、ほんとは、適当に頷いとこって思って頷いただけだったんだ」
最初に柔造に声をかけられたとき、明斗はこの先面倒だから、なんて思って了承した。決して、みんなに祝ってもらうことを肯定的に捉えたわけではなかった。
「知っとるよ。せやけど、チャンスさえくれれば良かったさかい、それでええんや」
「…俺は、そんなことしてもらうような人間じゃないって、てかそもそも人間じゃないって、思ってた」
柔造は頷いて先を促す。怒らずに聞いてくれるらしい。
「だから祝われたりなんかしたら申し訳ないって、ずっと。父さんや、蝮姉さんや、竜士様や子猫丸に祝ってもらったときも、嬉しくなかったわけじゃないけど、罪悪感があった。廉造や剛兄にも。でも、金兄が教えてくれたんだ」
祝ってもらう価値のない人間である明斗のために手を煩わさせる忍びなさがあった。だが、そんなことは感じる必要はなかったのだ。
「みんな、嬉しいから、祝うんだって。俺が生まれてきたことが、出会えたことが嬉しいし感謝したいから、祝いたいって思うんだって」
「…せやで。みんな、明斗と一緒に過ごせるんが嬉しいさかい、自然と祝いたくなってまうんや。明斗のためとかいうより、自分の気持ちでしかあらへんのやで」
柔造が優しく言うと、明斗の涙腺はついに許容量を越えてしまった。もう、我慢できなかった。
「俺、俺、生まれてきて良かった…みんなに会えて、良かった…!」
「俺もやで。みんなも、明斗がこの世に生まれてきてくれて、良かったて思うとるよ」
「柔兄…ありがとう、あり、がと…っ!!」
たまらず、明斗は目の前の柔造の胸に飛び込んだ。柔造は少しも動じずに受け止めて、頭や背中を撫でた。そして耳もとで優しく囁く。
「誕生日、おめでとぉな」
「うん、うん…!ありがとう…!!」
ぐずぐずと泣く明斗に柔造が苦笑すると、襖の隙間から金造と廉造が恨めしそうに覗く。
「結局柔兄が持ってくんやもんなぁ」
「てか柔兄はプレゼントなんなん?」
廉造はじと目で柔造を見やった。柔造は明斗に先程よりはちゃんとした声で話し掛ける。
「明斗、何が欲しい?なんでもわがまま言ってええで」
「うわぁ、上二級の貫禄や…」
直接聞くタイプに出た柔造はやはり稼ぎがあるからこその余裕があり、祓魔師として見習いの金造やまだこれから中学生になろうかという廉造にはないものだった。
「んー、じゃあ…」
明斗は聞かれて少し考えたが、わりと早く決められた。珍しく欲を言おうとするからか、三人とも少し前のめりになったのがそっくりで面白い。
「…このまま甘えててもいい?なんか、今日は、くっつきたい気分、っていうか…」
言っているうちに少し気恥ずかしくなって尻すぼみになってしまったが、柔造はぎゅっと力強く抱き締めた。
「当たり前やろ、いつでもええで!」
「明斗!俺のここも空いてんねんで!!」
すると金造が襖をスパーンと開けて室内に入り、自身の胸元を叩く。
「俺もやで!アキ兄!」
「アホ、弟に甘えられるか!」
「えー、せやったら俺がアキ兄に甘えるわ〜」
「なんでやねん!」
金造の鋭いツッコミが炸裂し、廉造の頭をはたく。「いだぁっ!」という声もいつものことだ。
そんな様子が楽しくて、嬉しくて。その気持ちのまま柔造の胸元にすり寄れば、柔らかく頭を撫でられた。
生まれてきて良かった、なんて。
初めて思えたこの日が、明斗にとっては嫌いな日から好きな日となったのだった。