甘いもの


●3年前
柔造(21)、金造(17)、主(15)+虎子



年末、明陀宗の若い衆は日々の礼として、虎屋旅館の大掃除などを行っている。極寒の中で冷たい水で雑巾を絞ると心臓が止まったような気がする、そんな時間だ。
だがその年は珍しく、暖冬によって京都でも気温が高めで、11月末頃に季節が逆戻りしたような掃除日和だった。
それもあってか、掃除は順調に進み、例年より早く終わりそうだった。

初めて先月に誕生日を祝ってもらい、今年初参戦となる明斗は、少しこんなもんか、と思わないでもなかった。しかし、わざと1度東京に戻った金造はこの掃除を回避している。
ちょうどもう終わる頃に間に合わなかった体裁で再び京都に戻ってくるのだ。当然八百造に怒られていた。

一方明斗は、終わりの号令がかかるギリギリのところで虎子に呼ばれ、厨房に行くよう指示された。
特に断る理由もなく向かうと、そこには例の確信犯こと金造もいる。というか、金造しかいなかった。


「あれ、金兄?女将さんは?」

「んー、俺と明斗で礼の菓子を運ぶんやと。その代わり、この余った素麺食ってええて」

「素麺?」


金造に言われたそれを見てみると、氷水の中に半透明の麺が入っている。太さからして素麺には見えない。


「…これが?」

「どっかの地方のやて言うてはったなぁ。めんつゆもあるで」


金造はめんつゆが入った黒い器を差し出す。受け取ると、箸も渡された。涼やかな素麺は、晦日といえど動き回って火照っていた明斗の食欲を駆り立てる。


「なんかいつもよりドロッとしてるね」

「この麺と合わせてその地方で食われとるやつらしいで」

「へぇ」


そんなものをどうしたんだろうか。
そこまでの疑問に思わなかったのが、とても悔やまれた。

麺を啜って口に入れた瞬間、脳が予想したしょっぱさからかけ離れた、甘い味が広がった。その驚きたるや、脳が危険だと感じて咳き込ませるくらいには衝撃的だった。


「っ!?!?げほっげほっ、ううっ、」

「引っ掛かったな〜」


金造は驚くでもなく、ニヤニヤとそれを眺めている。この黒いものは確実にめんつゆではなく、餡蜜だ。
衝撃のあまり生理的な涙が溢れる。高笑いする金造の声が響いたからか、柔造が厨房にやって来た。


「なに騒いでんねや」

「っ、柔兄〜…っ!!」

「やっべ…!」


涙目のまま、明斗は柔造に抱き着いた。掃除をサボって人を騙したこの腐れ外道に鉄槌を下せる者が必要だ。
柔造は涙目で掠れた声を出しながら抱き着いてきた明斗にぎょっとしつつも、難なく受け止めて抱き締める。


「ど、どないした?」

「き、金兄が…!俺、信じてたのに、俺、バカだった…金兄が遊び人だって知ってたのに、騙された、なんて…俺バカだ…!」

「ちょ、明斗、そないな言い方は…」


浮気野郎に恋した者のような言い方をする明斗に顔を青ざめさせる金造。柔造はまさに晦日らしい冷えついた空気を出し始める。


「ほー…?可愛い明斗を弄んでぼろ雑巾のように捨てた不届き者がおるんか…」

「その話ホンマか」


青筋を浮かべる柔造の言葉を、運悪く八百造も通り掛かったのか聞いてしまった。金造は「終わった」ともはや焦ることすらやめた。


そして、金造は2発の志摩パンチを食らい、戦闘不能となったのだった。


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