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蒸し暑い空気の中、2人は走り始める。空は再び曇ってきており、嫌な空気だった。
明斗は剣を携え、柔造は錫杖を鳴らしながら走る。明斗は悪魔の血が感じる悪魔の気配を辿り、住宅街の路地を柔造に先んじて進んだ。たまに行き交う人がぎょっとしたように見てくるが、黒い制服で祓魔師と分かるのだろう、物珍しそうに見送った。
「似たような道ばっかやな」
「下町だからね、でもこの辺は大型の施設もあるから、わりと人が集まるんだ」
汗を拭いながら、柔造は的確に道を進む明斗に感心したように言った。京都の道の方が大変な気もする。
たまにそうやって会話しながは走っていると、ようやく悪魔の気配が近付いて鮮明になった。
「…結構強い、中の上って感じ」
「2人でギリギリやな」
明斗は中一級、柔造は上二級だ。2人の称号を合わせると騎士、竜騎士、詠唱騎士だ。回復役がいないため慎重にならなければ。
そう考えて道を曲がると、ようやく蛇のようや悪魔が見えた。しかし見えたその瞬間、その悪魔が親子に切りつけ、悲鳴が響いた。
「なっ!?くそ、!」
すんでで間に合わなかった。2人は一気に加速する。
「柔兄!あの親子頼む!」
「おん、」
明斗は力を使って風を鞘から抜いた剣に纏わせると、斬撃を放つ。鎌鼬が蛇を切り裂き、悪魔が悲鳴を上げる。そのまま剣をかざして悪魔に突っ込み、2度切りつけた。
手の生えた蛇は鳴き声を上げて離れ、ガードレールにぶつかってガードレールがひしゃげた。
柔造に親子の容態を聞こうと振り返ると、明斗の息が止まった。
柔造に支えられた女性もこちらに気づいて視線が合うと、目を見開く。
「…明斗……?」
「……っ、!」
――――それは、かつての明斗の母親、その人だった。
名前を呼んだことと明斗の様子から、柔造は察したらしい。
「まさか……明斗を生んだ……?」
信じられない、という柔造の面持ちに、同じ気持ちになる。まさかこんな偶然があり得るのか。側にいる男の子は4歳くらい、名実ともに血の繋がった弟ということになる。
と、そこへ、突き飛ばした悪魔から殺気が感じられ、すぐに振り向いて剣を体の前に翳した。同時に、カギヅメを悪魔は突き付け剣に阻まれる。
「明斗下がれッ!!」
柔造の声を聞き、即座に明斗は飛び退いた。その瞬間、蛇に錫杖が突き刺さる。
「カンマン!!」
柔造が詠唱し終えると、錫杖に向かって稲妻が走り蛇に直撃する。柔造は走り寄ると、手に戻ってきた錫杖でさらに追撃していく。
「明斗!」
明斗も加わろうとすると、背後から呼び掛けられる。母親だ。
ゆっくり振り返り、目線をもう一度合わせる。
「あなた…祓魔師になったのね」
「……そう、です」
どう喋ればいいのか分からずつい敬語になる。
柔造は錫杖を振り回して悪魔と切りあっていた。柔造の方が優勢だ。
「…今怪我をして、初めてあんな…化け物を見たわ……あなたが見えていたモノも、きっと……」
母親、そして弟が受けた傷は魔障だ。今この瞬間から、2人は悪魔が見えるようになってしまった。男の子は怖がって母親にすがりついて泣いていた。
「……あなたの嘘なんかじゃ、なかったのね…………私、私………!!」
――――母親は、決して悪い人ではなかった。
悪魔が見えて怖がっていたのは物心ついてからずっとで、それでも母親は辛抱強く小5まで明斗を育ててくれたのだ。第一子だったし、きっと母親は周りの子供とも比べて思い悩んでいたにちがいない。
そして今、それが明斗の嘘ではなく、本当に悪魔がいるのだと知った。かつて明斗にしたことが、どれほどのことだったか、気付いてしまったのだ。
「……あなたのことを、もう母とは呼べない。でも……あなたのこと、最後に守らせて」
そう言って、安心させるために笑いかけた。思えば、きちんと母に笑顔を向けたのは初めてかもしれない。泣くばかりで、明斗も母親に歩み寄ることはできなかったのだ。
もう、泣くばかりの子供ではない。傷つけてしまう化け物でもない。
明斗は、今はもう人を守れる強さを持っているのである。
明斗は剣を握り直すと、柔造に加勢するべく地面を蹴った。