兄の独白


●柔造のモノローグ


あの青い夜の日、柔造はまだ9歳だった。金造は4歳で、廉造にいたっては生後5か月ほど。幼いながらに、もっと幼い弟たちを守ろうと必死になったのを覚えている。
その直前に襲撃があったとやらで、妙陀宗の本尊である倶利伽羅が盗まれたものの、代わりになぜか病に臥せっていた者たちが皆回復した。出産を危ぶまれた虎子も無事に勝呂家の嫡男たる竜士を産めたし、柔造や蝮もやっと布団から出られるようになった。
そんな矢先、妙陀宗の寺である不動峯寺にて、優秀な僧たちが次々と全身から青い炎を吹いて死んでいったのだ。座主をはじめ、柔造の祖父も、そして長男である矛造も。

危機に陥った妙陀宗は、早急に世代交代が行われた。志摩家の当主には父である八百造がつき、そして、次期当主は柔造と決まった。
これまでは当然、矛造が次期当主として決まっていたものだから、降ってわいた柔造への当主の座の継承に、柔造を取り巻く状況はがらりと変わった。

もちろん柔造とて妙陀の男として戦士になるつもりではいた。しかし、妙陀宗の中でも筆頭の立場にある志摩家の当主というのは、あまりに重い座だったのだ。
祟り寺と恐れられ檀家が減っていく中で、即戦力として柔造は様々なことを叩きこまれた。経典の暗唱や敵の知識、錫杖を使った戦闘。何度も殴られたし、生傷も絶えなかった。それでも、柔造は決してくじけなかった。そうしてはいけないと思っていたからだ。
学校帰りに友達と遊ぶなんてこともせず、ひたすら修行の日々。つらいと思うことはなかった。それが当たり前だったからだ。

いつしか慣れてくれば、特に苦も無く修行に励めるようになった。叩きこまれた正義感や妙陀宗への忠誠の気持ちは当たり前のものとなり、中学生になる頃には心身ともに余裕ができた。

やがて妙陀宗は正十字騎士團に加盟し、柔造は学園に通うようになった。そこでさらに専門的な祓魔の教育を受けて、ついに祓魔師になった。
高校のときはやたらとモテていたため彼女には困らなかったし、それなりに経験も積んで、まあこんなものか、と男としての教養も得た。

そうして満を持して京都に戻った柔造は、八百造に連れられた廃墟と化した不動峯寺にて、運命とも呼べる出会いを果たしたのだ。



***



「お、母さん……!」


布団の中で眠りながら、閉じた目から涙を流す少年。感情が高ぶって寝ながら力が発動しないよう、頭を撫でて落ち着かせてやる。


「大丈夫やで。俺がおる」


聞こえているのかは分からずとも、だんだんと少年の寝息は穏やかになっていく。

少年、明斗を不動峯寺で発見し保護した柔造は、常に明斗の側についてやりながら必死にその力の制御を促していた。

妙陀宗での厳しい教育を施され、学園でついに祓魔師となった柔造の正義感やら何やらは、おそらくこのときマックスだったのだろう。それは良い意味でも悪い意味でもだ。本来であれば、八百造が言う通り学園系列のそういった子供専用の養護施設に入れるべきだった。
それでも、柔造は明斗に家族の温もりを与えたいと思ってそう行動した。それに後悔はしていないし、今同じことが起きたとして同じ行動をとったかと言えば微妙なところなので、やはりあのときの行動としては柔造は正しかったと思っている。
なぜなら、明斗はすっかり志摩家の一員として活躍し、16歳にしてすでに上二級の祓魔師だからだ。そして何より、家族からも、そして妙陀宗からも愛される人間になっていたからだった。

金造には兄としての、八百造には父としての自覚を持たせ、廉造は弟として兄に無条件に甘えることができる相手となっている。家族の誰にも、明斗は必要とされていた。
もちろん柔造にとってもだ。いや、おそらくもっとも柔造が明斗を必要としている。

先日の東京での研修の際には、元の家族との再会で柔造はみっともないくらい感情を揺れ動かしてしまった。それはほかでもなく、明斗がいなくなるかもしれないという恐怖心からだ。家族の温もりを与えたいという、悪く言えば「施し」の目線で引き取った明斗は、今や柔造にとって心の最も大きな場所を占める存在となった。
それは東京での一件以来なおさら大きくなった。

しかし最近、だんだんそれを問題視し始めた。

明斗のことを、守りたい、大事にしたい、大切にしたい、愛したい。そう思う気持ちの大きさとその形は、柔造にはただの家族愛の範疇にあるとは、最近思えなくなっていたのだ。
ありていに言えばこれは、明斗のことを恋愛的に愛する気持ちになっているのである。もちろん、家族愛だって大いにある。混ざりあってしまった複雑なものだが、確かに明斗に恋愛感情を抱いている。経験豊富な柔造なのだ、それが分からないわけがない。それに、端的に言って明斗に欲情だってする。それはもう、そういうことだ。
明斗を守りたいと、いつまでも側にいたいと思う気持ちがあまりに大きくなりすぎて、それが変質してしまったのだろう。

だが、これは許されない気持ちである。
柔造は明斗の兄だ。家族なのである。たとえ血がつながっていないといえど。
何よりも、柔造自身が明斗を家族の中に入れてやりたいと思って引き取ったのに、そして明斗は志摩家に入って幸せだと涙ながらに語ってくれたのに、それを柔造自身がぶち壊すような真似ができるはずもなかった。

これは墓までもっていかないといけない感情だ。気持ちを奥底に隠し通すのは、柔造にはよくよく慣れたことだった。


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