弟の独白
●夢主のモノローグ
明斗はずっと1人だった。幼いころから人には見えないモノを見ては、家族に怖がられ、疎まれ、ついに捨てられた。誰にも共感してもらえなかったし、そんな人がいるとも思えなかった。
孤独の中で京都の山間の廃墟となった寺に捨てられたことは、悲しくもあったが、ついにか、という気持ちの方が大きかった。諦観。すべてに諦めの念を抱いていた。
そうやってうつむいていた明斗の視線を上げさせたのは、柔造だった。力が暴走して鎌鼬の風を噴き出す明斗に、恐れもせず近づいた柔造は、塞がれていた明斗の心の扉をこじ開け、光を差し込ませた。「もう大丈夫や」という声を繰り返しかけては、少しずつ、しかし確実に明斗の心の恐怖や不安を取り除いていってくれた。
暴走する力のコントロールを手伝ったのも柔造だった。祓魔師として、明斗と同じものが見えている人々が集まる妙陀宗という組織において、人と違うものが見えるということ以外のネックはこの暴走だけだった。これさえなければ、明斗は妙陀宗でうまくやっていけると柔造に言われていたのだ。
柔造はその過程で多くの小さな傷を負い、明斗もそれを恐れていたが、柔造は「俺強いさかいなんも問題あらへんで」と優しく言い聞かせた。事実、柔造は強かった。必要なら結界を張って、詠唱によって明斗自身が傷ついたりすることも避けた。小さな傷は、大人になった今なら分かることだが、大丈夫だということを分からせるためにあえて負っていたものなのだろう。
やがて力の制御ができるようになると、いよいよ明斗は志摩家の中に入っていった。
金造や廉造、八百造、さらに蝮や勝呂家などの人々と関わっていく中で、いつも柔造が明斗の見えないところでフォローしてくれていた。明斗の健全な成長を支えてくれていたのだ。
まさに、ずっと柔造に導かれていた。今までとは違う、暖かく、幸せで、明るい場所へ。家族というものの中へ。
柔造と家族になれてよかったと思わない日がないほどに、明斗はあの出会いの僥倖さに感謝していた。
***
毎年、明斗の誕生日が終わると妙陀宗の雰囲気が変わる。ここ数年はきちんと明斗も祝ってもらっているが、そのあとは少し厳かな感じになる。
それというのも、その時期に青い夜という、世界中の聖職者が悪魔の王サタンによって殺された事件が起きたからだ。妙陀宗でも、当時の座主や志摩家当主、三輪家の夫妻、そして志摩家長男の矛造が亡くなっている。その影響で、立ち行かなくなった妙陀宗は正十字騎士團に加盟したのだ。
特に、明斗が18歳になる誕生日を終えた年は青い夜から15年の節目だった。
そんな年だったからか、明斗は柔造に呼ばれ、矛造と祖父の遺影が飾られた仏壇の前で隣り合って座った。そしてそこで、矛造のことと、あの夜から今に至るまでの話を聞いた。それは初めてのことで、明斗には衝撃の連続だった。
最強だと思っていた柔造も尊敬するほどの実力者だった矛造。次期当主として有望だったその長男が当主とともに突然亡くなったため、八百造があとを継いで柔造も次期当主の座に置かれた。
いきなり始まった修行の日々を乗り越えて、祓魔師になって初めて出会ったのが明斗だったのだという。
「次期当主」という言葉の重みは、志摩家の主要戦力として活躍するようになった明斗にはよく分かるものだった。それが突然押し付けられた柔造の大変さは想像を絶する。
そして同時に気づく。明斗と柔造は、あまりに立場が違った。方や僧正血統筆頭の志摩家の当主、方や自分は悪魔の血を引く養子。さすがに自分を武器とはもう思わなくなったものの、血統主義の妙陀宗において自身の立場が柔造のそれとはまったくかけ離れているのだと実感したのである。
当主は、家を継がなければならない。つまり、結婚して家庭を持たなければならないということだ。学園時代からモテていた柔造だ、引く手あまただろう。弟として、兄の幸せを、家の継承を祝福しなければならない。
なぜだかそれをイメージすると、まったく祝福する気持ちになれないことに気が付く。むしろ胸が痛むような気がする。「最低だ」と内心で自分を叱るが、まったく気持ちは変わらなかった。
兄の幸せは弟としても幸せなことなのに、そうあるべきはずなのに、なぜそうなれないのか。いったい何が、明斗の柔造が家庭を持つという幸福な未来を祝う気持ちを妨げるのか。
明斗にはまったく分からない。自分のことなのに、複雑怪奇した自身の心と気持ちが理解できなかった。ただ、柔造の幸せな未来を祝えない自身を家族として最低だとしか思えなかった。