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右目は何とか封印を保たれた。八百造をはじめ、僅かな間だけしか放たれなかった瘴気は、深部に駆けつけた祓魔師たちを魔障によって倒れさせた。まざまざと、右目の持つ恐ろしい力を見せつけられたようだった。
そして同時刻、東京の正十字騎士團本部にあった最深部に封印されていたという左目も襲撃され、こちらは盗まれてしまった。妙陀の人々にとっては寝耳に水だ。なぜなら、左目の存在など知らされていなかったからだ。
それだけでも不信が募るというのに、出張所を襲った犯人は見当もつかない。
出張所の祓魔師が多く倒れてしまったことで、警備が薄くなった京都に東京の日本支部所属の祓魔師が増援に駆け付けることになった。これで解決に向かえばいいのだが、と思いながら、魔障を受けていない明斗は出張所から虎屋旅館に向かっていた。
虎屋には魔障を受けた者たちが集められて治療を受けているからだ。そこには、柔造や金造、八百造、宝生の三姉妹もいる。悪魔の血を濃く引く明斗にはどうやらあの程度の瘴気は問題ないようで、久しぶりに感じてしまう。自分が、柔造たちとは本来違う存在なのだということを。
***
虎屋にて、明斗はまず八百造の部屋に向かった。仕事中だが、様子を見てきていいと同僚に言われたからだ。厚意に甘えて、こうして明斗は旅館の奥に向かっている。
部屋の障子の前に立つと、中に声をかける。
「父さん、明斗です」
「入ってええ」
「失礼します」
部屋に入ると、布団に上体を起こした八百造がいた。側に座り、顔色を覗く。血色は先ほどよりは良くなっていた。
先ほどまで、到着した東京の増援に交じっていた竜士たちと話していたと女将である虎子が言っていた。それで顔色が良くなったのだろう。
「大丈夫?つらくない?」
「大丈夫や。別のことで頭抱えてもうたけどな」
「別のこと?」
「廉造が頭染めよった。あと坊も」
「……それで頭抱えたの?」
「せや。あないなピンク頭にトサカ…」
ピンクにトサカ。廉造と竜士のことだろう。東京で髪を染めてきてしまったらしい。廉造はともかく竜士までそうするとは思っていなかった。
しかし、それで頭を抱えてしまう八百造もまた、厳しい父親しかりとしていて、少し面白い。金造が染めたときもすったもんだあったが、あれが諦めていた。なんだかんだ、末っ子には目をかけてしまうのだろう。
ーーーその末っ子が、スパイなんてものをやっていることもあって。
「…元気そうだった?」
「……あぁ。ぴんぴんしとった」
明斗の質問に込められた微妙なニュアンスは、正確に読み取ってくれたらしかった。廉造は、無事に息災だという。それならよかった。
「…それで明斗。お前、どう思う」
「…襲撃のこと?」
「せや」
八百造はおもむろに漠然とした問いをしてきた。それが指すのは、昨日の襲撃だ。
「…正直、内通者でもいないとありえない。悪魔がいれば俺が反応できたはずだから、人の犯人がいるはずだ」
「やはりか…騎士團の方も、妙陀宗を疑っているらしい」
「まぁ…無理もないか」
京都出張所は妙陀宗がほとんどだ。もとより妙陀宗に深く関わるものである不浄王の右目について、妙陀宗以外にそれを襲撃できる者がいるとは考えられなかった。
「蟒とも話して、関係者のみで詮議の場を設けることにした。あの場にいた明斗にも参加してもらお思うとる」
「…わかった」
「よし、じゃあ明斗も仕事に戻り」
「はい」
事態は思ったよりも複雑で面倒なことになっているらしい。
そして、仲間内で疑いあわなければならないという、不愉快なことになっているようだった。