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「蝮姉さん、俺です」

「入りよし」


蝮は旅館の一室にて、畳の上に座って静かに待っていた。時間通りに明斗がやって来たので返事をすれば、障子を開けて明斗が入ってくる。


「座り。そないに長い話やない」

「…うん」


困惑したようにしながらも、明斗は畳に腰を下ろした。こうやって改まって呼び出すなどめったにないことだ。
それだけ、蝮には時間がなかったのだ。


今晩、蝮はこの妙陀宗を抜ける。正確には妙陀宗の上層部が先に裏切ったのだから、本当の意味で蝮こそが正しいことをしている。ただ、ほとんどのことを知らされていない明斗は蝮も悪いとは思っていないし、何よりも、実の弟のように思うこの少年の行く末を心配しているのだ。


「単刀直入に聞くで。明斗、あんたは、柔造のことどないに思うとる?」

「どう、って…?」


少し動揺を見せる明斗。蝮は確信を深めた。


「そのまんまや。ただの…兄って思うとるんか?」


質問というには強い言葉。明斗は聡明ではある、蝮のニュアンスはもう質問でないことに気づいていた。これが、ただの確認だと分かったことだろう。


「…何が、言いたいの…」

「責めるつもりなんてまったくあらへん。むしろ、それで悩んどるんやないかって思うてな」


声を震わせた明斗の反応は蝮の予想通りだった。

明斗は、柔造に特別な想いを抱いている。それは柔造もしかり。
柔造は経験も豊富だ、自身の気持ちには気づいているようだった。しかし、明斗はやっと普通の人としての感情の起伏を覚えたばかり、恋という感情そのものすら手に余るだろうし、しかもその相手が血縁はないにしても兄なのだ、あまりに複雑すぎる。

2人の関係を今後どのようにするかは、もちろん最終的に2人が決めることだが、蝮はそう簡単にいかないことをよくわかっている。

幼馴染として、蝮は柔造のことを八百造よりも詳しく知っている。だからこそ、あの男の思考回路くらい手に取る様に分かった。どうせ、家族としての幸せをやっと知ることができた明斗を困らせたくないとでも思っているのだろう。
一方で、明斗にとってもこのあまりに難しい状況での恋という気持ちが理解できていないことも分かっていた。理解したとしても、柔造の立場を考えて身を引くはず。

しかし2人は重要なことに気づいていない。客観的に見ている蝮だからわかることでもある。
2人は、互いに互いが必要だ。もし2人が離れれば、両方ともダメになってしまうだろう。

盲目的に妙陀宗の上の言う事を聞く柔造には苛立つことも多いが、そう簡単に切ることができる縁ではない。明斗のことは普通に家族のように大事に思っている。
だから、蝮は2人に幸せになってもらいたかった。

そのために蝮が何かできるのは、恐らくこれが最後のチャンスだ。せめて明斗に、自らの感情をなるべく穏やかにひも解けるようにするためのヒントを与えてやりたかった。


「…悩みなんて……」

「ない、言うても通じひんことくらい、分かっとるやろ」

「………分からないんだ。自分の気持ちも、なんでこんな感情になるのかも、どうしたいのかも」


ぽつり、と漏らすように言った明斗に、蝮はやはりと思った。
分からないことが多すぎて、誰にも言わずに自分の中に閉じ込めているのだろう。禁忌の恋だから隠す、ということではないことは分かっていた。そこまでいきついていないのだ。


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