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俯いてしまった明斗の肩を、蝮は軽くぽん、と叩いた。顔を上げた明斗に微笑みかける。
「大丈夫、ゆっくりでええ。感じたこと、少しずつ話してみい」
明斗は頷くと、ゆっくりと考えながら、言葉を選ぶように話し始めた。
「…俺と柔兄は、全然立場が違う。志摩家の次期当主と、血縁のない、悪魔の血を引く養子。青い夜の話を聞いてそれに気づいて、なんか、遠く感じるようになった」
妙陀宗没落の原因となった、青い夜。あの事件を引き起こしたサタンの息子を、日本支部長メフィストが匿っていたという情報を知ったときの衝撃は忘れられない。
暗い気持ちが頭をもたげるのを押しとどめ、蝮は続きを促す。
「柔兄は、いつか家庭を持って、志摩家を継がなきゃいけない。でも、柔兄がそうやって家庭を持って子供を産んで、っていうのが、なんか、嫌なんだ。祝えない。俺、弟なのに、そんなの最低だって…」
また視線が下がる。どうやら、明斗は先にそこに考えが及んだらしい。弟なのに兄の幸せが祝えない自分が分からないのだろう。
「なんでか分からないんだ。なんで、俺、こんな気持ちになるんだろって…」
答えを言うのは簡単だが、ここで明斗が自分の気持ちの正体を知れば、もっと悪い方向に考えてしまう。真面目で誠実だからこそ、自分の気持ちを否定するはずだ。
「嫌なモンは嫌、っていうんでもええやろ。そないなこと誰にでもある」
「…具体的な理由がなくても良いってこと?」
「せや。柔造かて明斗がいきなり彼女できたて言うたら嫌そうな顔するで」
「そう、なの?」
「1万円賭けてもええ。…何より大事なんはな、明斗。どんな関係にも正解なんてもんはなくて、自分たちで納得すればなんでもええんやってことや」
蝮は伝えたいことの根幹を言葉にした。明斗はかみ砕けず首を傾げる。
「子供が親を名前で呼ぶような親子関係とか、浮気ありな恋愛関係とか、別にそれが良い悪いやないやろ?」
「うん、そういう形もあると思う」
「それや。十人十色、それぞれ人は皆違うんさかい、それぞれの関係性かて色んな形がある。柔造とあんたの関係やって、別に世間の目ぇなんて気にせず自分らで決めればええんや」
「……何となく、分かる」
まだ自分の気持ちに気づいていないから、この言葉を完全に理解することはできないだろう。今はそれでいい。悩んだときにこれを思い出して、悪い方へ考えが突っ走るのを留めてくれたらそれでいいのだ。
「これはあんたと柔造の話や。それを忘れるんやないで」
「…わかった」
このあと蝮はどうなるかわからない。ただ、この弟が、息のしやすい環境になればいいと思うのだ。
***
蝮との話を終えて、明斗は柔造との手合わせのために中庭にやって来た。柔造は錫杖を持って待っており、明斗の姿を見つけると顔を綻ばせて手を振った。
「ようやっと来たな!さっそくやるで!」
相変わらず爽やかな男前だ。中庭に面する廊下には誰もおらず、2人きりだと分かる。
先ほどの蝮の話は、分かるようで分からないようで、というふわふわとしたものだった。なんというか、言っていることが実感として捉えられなかったのだ。
それでも良さそうだったたから明斗も深く思い悩むわけではないが、柔造との関係性は2人で決める、ということがよく分からない。意味はもちろん分かるのだが、2人の関係性は兄弟以上の何物でもない。
「いつも通り、詠唱も悪魔の力もなしやで」
「…了解」
頭の中はぐるぐるとするが、柔造はやる気に満ちていて、基本的に容赦ない兄の攻撃に怪我無く立ち回るには集中せざるを得ない。
明斗はいったん脳内をクリアにすると、金属の模造刀を手に取った。さんさんと日差しが照り付ける空は、旅館の建物のおかげで遮られ、日光は庭に届かなかった。
「よし…ほな、いくで!」
言うや否や、柔造は錫杖を大きく振りかぶり一瞬で接近してきた。明斗は素早く刀で受け止めるが、その力は強くビリビリと衝撃が手に伝わる。
明斗は刀を滑らせて錫杖を弾くと、その動きの流れで柔造の体の左側に回り込む。途端に柔造は錫杖を手の動きだけで下側を後ろに向かって突き出した。槍のように迫る先端を避けるためジャンプすると、刀を振り下ろしながら柔造に向かって着地しようとする。
柔造は錫杖を防御の構えで横向きにすると、刀がそこにぶつかり、金属のぶつかる鋭い音が響き渡った。
至近距離でぶつかる目線。楽し気に細められる柔造の目を見て、なぜか明斗はドキ、としてしまい、手から力が抜ける。
当然刀は錫杖に弾かれ、握っていた手から離れる。バランスを崩し、空中から一気に柔造に向かって落ちる。
「う、わっ!」
「なっ、」
慌てて柔造は錫杖を離して刀とともに地面に落とすと、明斗を抱き留めた。危なげなく、明斗を支えて地面に立つ。
「ど、どないした明斗」
珍しいミス、というよりもはや不可解なことに柔造は不思議そうにしている。明斗といえば、柔造の腕に包まれてさらに動揺した。これくらいの距離はよくあるはずなのに、蝮と話したからだろうか、なぜか距離感というものにひどく敏感になってしまっていた。