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蟒はさらに、書類の束を机の上に置いた。全員の視線が集まるそれは、メガネをかけたそばかすのある男。
「ここにひとつ記録がある。皆も知っての通り、日本支部最深部の左目略奪に加担した、元最深部部長、藤堂三郎太…柔造さん、蝮、あんた方、祓魔塾時代に藤堂から魔法円・印章術の授業を習ってはったそうやな」
「…それがなんやっていうんです?」
「父様!私を疑うんですか!?」
「あんた方の他に、この7人の中で藤堂と接点のある者がおらへんのや」
ほんのわずかな接点だが、それしかこの事件を巡って主犯格の藤堂との関わりがなかったようだ。東京の祓魔師だ、祓魔塾にいた2人以外に接点がないのが当然である。
「そんな!習ってたていうだけやのに…!でも
……し、志摩は随分懐いとったような…」
「はぁ!?授業が面白かっただけや!それを懐くいうんか!?」
「私は知っとることを言うたまでや!」
普段から確かに2人はよく言いあいをしている。だが、この疑いを向け合う口論はまったくもって殺伐としており、明斗はハラハラと見守るしかなかった。
「…それやったら、お前こそなんであんとき魔法瓶に近寄った?」
「そ、それは右目が危ないと思うたから…!」
「なんであんとき危ないて思うたんや。和尚は逃げろ言うたんやで?逃げるべきやったんに…」
「何が言いたいんや!」
「お前の行動が不信やって言うてんねや!!」
「父様信じてください!志摩め、自分の疑いを逸らすために…!」
「蝮!まだ詮議の途中や、落ち着かんかい!!」
柔造の指摘に、蝮は焦りを濃くする。あのとき、逃げるよう言った和尚の言う事を聞かずに右目の鎮座する柱に上ったのは、確かに蝮だ。青を連れて逃げるため近寄った明斗ももちろん見ていた。
言われてみれば、あの場で右目に何が起きているのかなど分からなかったし、蝮が右目の危険を察知して動くのは不自然かもしれない。
だが単純に、蝮を疑いたくなかった。いや、柔造だって同じ思いのはずだ。柔造も蝮も、ここで誰の目にも明らかなアリバイを述べてくれればと思わずにはいられない。
「…いや、でも、明斗さんも東京に住んではったよな?」
そこへ、当主の1人がこちらを見てそんなことを言い出した。その言葉にハッとしたように、他の当主も続く。
「せや、藤堂かて悪魔堕ちやないか。人ならざる者ならどうとでもなるんやないんか…」
「悪魔やしな」
じ、とこちらを見る目は、とても人に向けるものではなかった。疑われている、明斗がそれを察して内臓が冷えたような心地がしたとき。
柔造と蝮が同時に口を開いた。
「「明斗なわけないやろ!!」」
不仲なくせにまったく同じ言葉を発して見せた2人に、思わず当主たちも黙る。
「俺が明斗見つけたんは明斗が11のときや、そないに小さい子ぉが藤堂を関わり持っとるわけないやろが!」
「だいたい明斗は詠唱騎士の称号すら持ってへんのやで!?詠唱なしに護摩壇の炎操って封印溶けるわけあらへん!!」
「ちょ、ちょっと言ってみただけや…」
「勘違いやったな、うん、」
その剣幕に押され、当主たちは黙る。明斗が口を開く間もなく、2人によって明斗の疑惑は晴れてしまった。議論は振り出しに戻り、沈黙が落ちる。
すると蝮は、静かに切り出した。
「…私には、護摩の火が動き出したとき、達磨様が操ってはるように見えた。聞いたことない真言を唱わはってた」
「そ、そういえば私も、達磨様が嗾けてるふうに見えました…あ、そう見えたいうだけですけど」
蝮の言葉に竜士が目を見開く。一方で、当主の1人が同意すると、別の当主も頷いた。
「だいたい!そもそもなんで左目の存在は我々には隠されとったんや!和尚がご存知ないうんはおかしいやないか!」
「まさか今回の件達磨様が…!」
「や、やめてください!滅多なこと言わないでください!」
耐えかねて子猫丸が否定するも、当主たちは聞かない。この場にいない達磨への疑念、疑い始めれば誰もが疑わしい状況。
場はどんどん紛糾していき、ついに八百造が怒鳴る様に打ちとめた。
「やめぇ!ゴホッゴホッ…埒が明かん…蟒とも話し合い、後日、和尚を交えた席を設けることにしよか…今日はいったんお開きや」
机には、誰も手を付けていない茶菓子と冷えた茶だけが、平静を保っているように見えた。
居心地の悪い空気の中、詮議は終わり、それぞれその場を後にしたのだった。