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八百造を送り届けてから、柔造と明斗は旅館上階の人気のないところへ向かった。柔造が話したいことがあると言ったためだ。
人の気配がないことを確認しながら、廊下の窓際に立ちどまって中庭を見下ろす。すっかり日も暮れて、京都市内の明かりが空に昇っていた。
「…どうしたの、柔兄」
「…明斗は、誰が裏切り者やと思う」
静かに言った柔造の目は凪いでいて、柔造の中ではすでに答えが出ているのだと察する。明斗は、答えを出したくなかった。だが、柔造と同じく、状況からして何となく分かっていた。
「…柔兄の考えと一緒だと思うよ」
「…そか」
柔造は目を伏せる。次に目を開いたとき、その目には固い決意が見えた。
「…裏切り者は、蝮や。でも俺は、あいつを止める。正す!」
すべてに条件に当てはまるのは蝮と柔造のみだ。特に蝮は、護摩壇の炎が暴れ出す前に達磨に騎士團に入らないことを責めていたし、やはり柔造が詮議で言っていたように危険を事前に察知して右目に向かったのは怪しい。
それらを考えて、明斗も蝮が犯人だろうとは思っていた。だが、それを自分で否定したかった。蝮がそんなことをするわけがないと思いたかった。
「必要なら、俺が、この手で…!」
「…柔兄、」
柔造が手をぐ、と握りしめると、明斗はそれを自身の手で包んだ。と言っても大きさが全然違うので明斗の手からほとんど余ってしまっているが、重なった部分の熱さえ伝われば良かった。
「ちょっと、力みすぎなんじゃない」
「…そないなこと、」
「ないって?それは嘘だよ」
明斗はそう言うと、重ねていた手を引っ張り、柔造の拳に額をつける。少し俯いて祈るような姿勢だ。
「…柔兄、意外と周り見えないときは本当に見えないで突っ走るから。普段はそれで良くても、今日は、ダメだ。すごく良くない気が満ちてる」
今の京都には、何か悪いものが蠢いていた。悪魔の部分がざわつくのだ。おそらく、次の襲撃は直に起こる。途方もない悪意が京都の空に流れているのを感じて、こんな日に柔造に突っ走って欲しくなかった。
先日の襲撃で倒れた柔造の姿が浮かぶ。軽傷だったとはいえ、明斗の中ではあまりに大きい出来事だったのだ。
「…柔兄が暴走しないように、俺が一緒に行動するから」
「…はは、明斗はよう見とるなぁ。そこまで言われてもうたら、俺も言うこと聞かなあかんな」
柔造はそう苦笑し、明斗が額をつける手をほどいた。それを明斗の頬に滑らし、顔を上げさせる。同時に、反対側の手が明斗の腰を引き寄せて、柔造に抱き込まれた。
見上げた目線の先には、柔造のこちらを見る愛しそうな目があった。
「…俺のこと、任せたで。明斗。その代わり、俺が明斗のこと守る」
「…柔兄に守られるほど弱くないよ。俺だって柔兄を守ろうと思ってるわけじゃない。…一緒に、志摩家として、妙陀宗と、この街を守ろう」
「おん、せやな」
2人はともに上二級の祓魔師で、妙陀宗の主要戦士だ。守り守られるというより、ともに戦うのが筋である。柔造は深く頷いて、ふと窓の外を見た。
「…蝮や」
「本当だ」
いったん体を離して2人で見下ろすと、中庭に面する廊下を宝生三姉妹が歩いているのが見えた。
蝮は硬い顔をしている。昼間、混乱する明斗を安心させるように話してくれた姿が重なって、やるせなくなった。