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三人の姿が見えなくなると、廊下の先から男性の祓魔師たちが近づいてきた。声をかけられて、2人でそちらを見やる。
「柔造さん、明斗さん、お疲れ様です」
「おう」
「お疲れ様です」
未成年といえど上二級、養子といえど志摩家の子息ということで、明斗は基本的にはさん付けの敬語を使われる。明斗も気を遣って敬語で話している。
「日中妙陀の幹部で集まってはったて聞いたんですけど、何かあったんですか?」
「?…いや、何か噂でも立っとるんか」
「いえ、さっき、深部担当の祓魔師全員に所長が緊急招集かけはったんで、何か会議を受けてのことなんかと。でも、今深部の警備手薄にしたらあかんのやないですかね…」
2人の言う事に明斗は内心で首を傾げた。明斗はあくまで固定された役職ではなく、その都度その都度配属が状況に応じて決められるので、深部担当の祓魔師というわけではない。先日はたまたま居合わせただけだ。
だから連絡が来ないこと自体は当たり前として、なぜこのタイミングでそのような招集をかけたのかが分からなかった。祓魔師たちの言う通り、今そのようなことをするのは不自然だ。
「せやな。俺から所長に聞いてみるわ」
「お願いします」
柔造も同じことを思ったらしく、八百造に確認を取る旨を伝えると、2人は会釈して去っていった。
そこでふと、明斗は気配を感じた。近くの階段からだ。目線をそちらに向けず、ぎりぎりで視界の端に収めると、金髪のトサカが見えた。あれは竜士だ。何をしているんだ、と思ったところで、柔造が出張所への鍵を取り出して近くの扉に差し込んだ。
「行くで明斗」
「…うん」
柔造に促され、明斗は扉を開いて先に進む柔造の後に続いた。
一瞬で出張所に着くと、柔造は廊下を進みながら声を潜めて話し始めた。
「…どう思う」
「父さんたちの罠」
「明斗もそう思うか」
八百造が考え無しに警備を薄くするわけがない。あの詮議の場に裏切り者がいると踏んだ八百造たちは、疑いが強くなった蝮と柔造のどちらかがこれ以上疑いが向けられる前にと動くことを予想して、あえて誘い込んだのではないだろうか。
いや、柔造に対して情報を確実に伝えることは難しい、先ほどもたまたま聞いただけだ。蝮は一方で深部担当だ、招集は聞いているはず。情報の確実性を考えると、蝮をピンポイントで誘ったと見てもいい。
「…わかってても行くんだね、柔兄」
「俺が動くことかて計算済みやろ」
「だろうね」
2人は小声で話しながらエレベーターに乗る。それで一気に地下まで行くと、すでに廊下は事態の発生を示していた。
警備の祓魔師たちが倒れているのだ。
柔造は一瞬焦って駆け寄り脈を図るが、息はあるし、軽傷だと分かる。蝮のナーガだろう。明斗は先に次の扉に近寄り、向こう側の気配を伺う。とりあえず、意思を持って動くものの気配はなかった。
「柔兄、向こう側10メートル圏内クリア」
「よし、行くで」
柔造は明斗に先んじて扉を開くと、暗い階段を降り始めた。明斗も後ろをついていく。かすかに背後からエレベーターが上昇する音が聞こえた。風を操れる明斗だからこそ気づけた音だ。
恐らく竜士だろう。あの会話を聞いてついてきてしまったのかもしれない。
階段を降りると、すぐに深部特有の湿気が肌に纏わりつく。水の匂いと、水滴の落ちる音。護摩壇の炎が爆ぜる音も断続的に聞こえてきた。
その中に人の気配。
明斗は声を出さずに、柔造に指を1本立てる。1人いる、という合図だ。頷いた柔造は、すぐに広がった深部の空洞の中に見えた人の姿に顔を険しくした。
さらに木組みの廊下を進むと、また1人倒れる祓魔師。
その向こう、柱の前に佇む、白銀の髪。
「…そこで何しとるんや、蝮」