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柔造の声を聴いて、蝮はくるりと振り返った。その表情はいつもと変わらない。
揺らめく炎の明かりに背後から照らされて、無表情が際立った。
壁沿いの廊下には竜士が控えている気配がしており、何かあったら蝮は柔造に任せて明斗は竜士のところに行こうと決める。ここには監視カメラがある、恐らく八百造たちがこれを見ていることだろう。
「やっぱりお前やったんか、ハッ。あからさまに挙動不審やったもんな。でも俺は、お前は普段はいけ好かんけど、人一倍妙陀のこと考えとるヤツやと思っとった。それがなんでや?」
「……………」
「なんとか言え!!!!」
広い空間に柔造の怒声が反響する。それに臆することもなく、蝮は静かに答えた。
「妙陀の目を覚ませるため。本当の裏切り者は…」
それまで無表情だった蝮の目がギッと厳しくなる。蝮の妙陀思いの本質は変わっていないのだ。
「勝呂達磨。そして、日本支部長メフィストフェレス」
「メフィスト!?な、なんの話や!」
達磨はいいとして、なぜか出てきたメフィストの名前に柔造が眉を顰める。明斗も、何が関係しているのか疑問だった。
蝮は語り始める。
蝮の話では、最初に疑問を抱いたのはやはり祓魔塾時代。藤堂に呼び出され、不浄王の左目を知っているか聞かれたときだった。メフィストの私物という扱いになっており、妙陀宗である蝮に知っているか尋ねたのだという。
妙陀にすら語られていない左目の存在、そしてそれを所有するメフィスト。藤堂はそのメフィストの行動に疑念を抱き、その不正を暴こうとしていたらしい。
それに協力することにした蝮は、ここ数年ずっと調べていた。そしてつい1週間前、蝮は決定的な情報を手に入れる。東京の正十字学園で発生した事件についての、ヴァチカンでの懲戒尋問において発覚した情報。
「メフィストフェレスがサタンの子を生かし、極秘裏に育てていた、というものや」
「なんやと!?」
「っ、サタン…?」
柔造も、そして明斗も驚愕した。青い夜を引き起こした、ゲヘナの王サタンに子がいたなど。それも、メフィスト直々に育てていたというのだ。いくらメフィストが時の王であるとはいえ、忌々しきサタンの子など生かしておく方が正気でない。
しかし、明斗には思い当たる節があった。つい先日、何か強い気を感じた少年がいた。上級悪魔の証である尻尾を出した、祓魔塾の少年。まさか、と思っていると、蝮はさらに続ける。
「しかも、そのサタンの息子を生かすために我らが妙陀の本尊が使われとるいう話や」
「なっ、」
妙陀宗の本尊、それは魔剣・倶利伽羅だ。かつて不浄王を不覚が倒した際に使われた伝説の剣である。もちろん見たことはないが、本尊であるとは聞いていた。
「証拠は!」
「証拠なぞ今ここにあるか。だがいずれ公になる。…オン アミリティ ウン ハッタ」
蝮が唱えると、その両腕からナーガが二体現れる。柔造は錫杖を構え、明斗も剣を抜いた。できれば交戦はしたくなかった。
「もう上は信用できひん。右目と左目は、深部より安全な場所で藤堂先生が封印する」
「やめろ蝮!一人っきりで先走るな!せめて皆の前で正々堂々と言え!」
「フン、上は妙陀を正十字に売った達磨を当主に据えてなんの疑問も持ってへん連中や。父様でさえ…!志摩家はその筆頭やないか!!『落ち着け、考えすぎや』て笑われるんがオチや!そないに悠長にやってられるか!!」
やはり、蝮は妙陀宗のためを思って行動していた。彼女にとって、裏切ったのは上層部だったのだ。明斗は引き留める言葉を探すも、先に柔造が錫杖を構えて走り出す。
「理解者なんぞいらへん…すべては、妙陀を救うためや!」
「本気か蝮…!なら、俺が幼馴染のよしみで、引導渡したるわ!!」
ナーガが一体右目を加工ように柱に取り付き、もう一体と柔造が交戦する。背後から竜士が駆け寄る気配がする上に廊下も狭いため、明斗は廊下の中ほどで待機していた。