ホラーなんて
●原作4年前
柔造(21)・金造(16)×夢主(14)
8月のお盆も過ぎた後半。繁忙期に一区切りついて落ち着いた柔造は、夏休みを利用して学園から帰省している金造、夏休みなど関係なしにずっと京都にいる明斗と夕飯後のテレビを何とはなしに見ていた。
特にすることもないこの時期、金造は宿題を終わらせているし、学校に通っていない明斗はすでに祓魔師としての仕事の報告書を仕上げていた。
「柔兄、これおもろない」
ぼう、と3人でテレビを見ていただけとはいえ、やっていたのはワイドショー。『オレオレ詐欺に引っ掛からない!』という特集モノだったこともあり、金造は飽きていた。明斗にとっても特に見ている意味のないものだと思ったし、つまらないな、という気持ちはあった。だが、いくらここに来てもう3年経ったとはいえ、まだ志摩家の人たちに対する感謝から来る遠慮があったことや、生意気なことをすればまた捨てられてしまうのでは、という本能的な恐怖があった。
久しぶりに柔造が一緒にゆっくりしていたことも、居間に留まる大きな理由だ。金造だってもうすぐ東京に戻ってしまう。2人と過ごす時間を一緒にいられれば良かったのだ。
「んー、じゃあチャンネル変えるか〜」
柔造も特に見ていたかったわけではないらしい。すぐにリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。
『夏の涼といえばこれ!心霊写真100連発!』
「おっ、ちょうどええやん!やっぱ夏はホラーやんなぁ」
「基本、仏教は死んだら生まれ変わるいうんに何を言うてんねや」
「ふいんきやふいんき!」
「雰囲気や」
なんだかんだと言いながら柔造は金造の要望に応えてリモコンを置いた。心霊番組はちょうど始まったところで、拍手とともに司会者が「もう嫌やぁ〜」なんて言って笑いをとっていた。
さて、不味いことになった。
明斗は実は、ホラーは大の苦手だ。今でこそ悪魔を祓えるようになったから本当の恐怖を感じはしなくなったが、昔は見えてしまっていた悪魔を幽霊だと思って怖がっていたし、それを親や周りに気味悪がられていたショックもあった。そういったことへの感情的な恐怖はまだまだ拭いきれておらず、正直見たくないことこの上なかった。
だが14歳にもなってホラーが無理だと言うのは恥ずかしい。それに、やはり柔造や金造といたい。廉造がいれば早く寝ような、とついでに寝られたが、12歳の廉造はさっさと寝てしまった。
「明斗はホラーとか平気なん?」
そこに、金造が話を振ってくる。心配げな顔に、素直に答えたらチャンネルを変えるだろうことが容易に想像できた。せっかく見たいと言っているのを邪魔したくない。
「もう14なんだから、さすがに平気だって」
「金造、もう子供やないねんぞ」
「せやな、堪忍」
ますますバレてはいけなくなってしまった。
冷や汗をかきながら、明斗は誤魔化すように湯飲みのお茶を飲む。もしバレたら単純に恥ずかしいし、嘘をついたことになるし、何より2人に気を遣わせてしまう。幸い、2人は居間のちゃぶ台の反対側にいる。明斗側でなければ、小さい動きくらいなら目立たない。極力驚いてもじっとして、怖がっている様を見せないようにするのだ。
『お分かり頂けただろうか…』
「うわ、ホンマや、えらいはっきりしとるんやな」
「どこや金造、どこにもおらへんやろ」
「女の子の右側の、ほら、押し入れの中に顔あるやろ」
「うっわホンマや!めちゃくちゃ恨めしそうやんけ…」
2人は怖くないのか、ただ写真の中のどこに写っているのか当てている。一方の明斗は、写真が変わる度にうすら寒いものが背筋を這い上がる感覚がした。足元が覚束ないような、背中や机に接していない半身が心もとないような。
『続いては、視聴者から寄せられた心霊動画をご紹介しよう…』
動画、だと…と明斗は愕然とした。心霊写真100連発ではなかったのか。動画となると、耐えられる気がいよいよしなくなってくる。
映像はどこかのトンネル、肝試しにやってきた学生たちが写しているようだ。カメラはトンネルの先を写し、前を歩く学生たちを画面に収めている。カメラを写しているのは一番後ろを歩く者のようだ。
『おい、なんか声聞こえね?』
『ねぇそういうこと言わないでよ〜』
『ほんとだって!後ろの方から…○○は聞こえなかったか?』
そう言われてカメラが後ろを振り返ったその瞬間、カメラマンの真後ろに髪の長い女が立っていた。カメラ越しにそれを見た学生は絶叫して走り出す。
そして、女が写し出された瞬間、驚きすぎて明斗は体をびくりと跳ねさせ机に足を強打した。
その音に2人も驚きこちらを見る。
「ど、どないしたん明斗…」
柔造は突然机に足をぶつけた明斗を怪訝そうに見やる。金造はニヤ、と笑い「そんなん、」と柔造にドヤ顔をする。
「やっぱ怖かったに決まってるやろ。明斗もかわええとこあるな〜」
恐らく雰囲気を軽くしようとしてあえて煽るような言い方をしたのだろうが、正直明斗はもう限界だった。
無言で立ち上がり、机の反対側に動いて2人の兄の間に座る。狭くてぴったり2人にくっついてしまっているが、それが安心できた。
「え、ホンマに怖かったん?」
金造は途端に心配げな顔になる。なぜこうも過保護なのか。柔造は呆れたように笑い、片手で明斗の頭を撫でながらもう片方の手でリモコンでテレビを切った。一気に居間は静かになる。
「なんで怖ないなんて言いよったん?」
「……金兄が見たいって言ってたから。俺が出てけばいいだけだけど、それも嫌で。だから、我慢しよって」
「俺に気遣う必要なんてあらへんのに。てか、なんで出ていきたくなかったん?寝ても良かったんやろ?」
金造も柔造に代わって頭を撫でてくる。どこかの神社の狛犬じゃあるまいに、そう撫でる必要はないだろう。といいつつ、撫でられるのがまったく嫌いでないのだが。
とりあえず、明斗は金造の質問に素直に答えることにした。嘘をついて痛い目に遭ったので、もう素直に言おうと思ったのだ。
「……だって、まだ2人と一緒にいたかった。久しぶりにゆっくりできるのに…」
「……柔兄、アカン、俺成仏してまう…」
「尊い……」
すると、2人は顔を覆って空を仰いだ。明斗は心配になって2人の顔を覗くも、2人は思いきり明斗の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「わっ…!」
「そないに気を遣う必要あらへんねやで、明斗。…家族なんやから」
そういう柔造が、明斗を家族に入れてくれたのだ。何度も言われたが、やはり遠慮は抜けない。
「せやで明斗!まぁ、怖がってる明斗もかいらしいけどな!」
金造は柔造に同調しつつも、明斗のことを思いきり抱き締めてきた。後ろから包まれるように抱き締められ、先程感じた心もとない感じがなくなる。柔造は隣に移動し、明斗の手を握った。
「よし、じゃあ続き見るで」
「えっ」
「俺らがおるから大丈夫や」
柔造がテレビをつけると、当たり前だが、途端に心霊番組が写し出される。いや、今の流れはお開きだっただろう。
「どんなんが出ても怖ないし、明斗が遠慮せんでも誰も追い出したりせえへんよ」
ぽす、とまた柔造に頭を撫でられる。的確に明斗の恐怖を見抜いていたようで、明斗の心にじわりと温かいものが広がった。
きっとこれなら大丈夫だろう。テレビに写る紛い物なんかに心を乱されることはない。
そう確信して、明斗はテレビに向き直った。
それから15分もしないうちに、明斗は後ろの金造に寄り掛かるようにして眠ってしまった。柔造の手も握ったままだ。あれほど怖がっておきながら、2人に側にいてもらった途端に寝るほど安心したのか、と自分でも呆れてしまう。
しかもそれをちょくちょく引き合いに出されるようになり、毎回恥ずかしさで爆発しそうになる。いや、したくなる。
だから、もう絶対ホラー番組は見ない、2度と見ないと心に誓ったのだった。