2
出張所から不動峯寺まで、律儀に交通機関で行くわけもない。達磨も、そして柔造と明斗も、建物の屋上を伝ってまっすぐ金剛深山へと向かっていた。
すっかり夜となった市街地は煌々と明るくなっているが、たいして目的地の山は漆黒だ。
達磨の姿はもう見えないが、かつての全速力から考えるに、2人の先を1キロ行っているかどうかというところか。
「和尚、まだバリバリこないな走りできるんかい…!」
「達磨様はさすがだね」
ビルや家屋の屋上を飛ぶように走りながら、柔造はあっという間に見えなくなった達磨に苦笑する。普段の酒に顔を赤らめた様子からは想像できない速さだ。
それにしても、と明斗は辺りに漂う瘴気を見ながら顔をしかめた。
「まだこれだけ瘴気が漂ってる…」
「…せやな」
「蝮姉さん……」
空気中にはまだうっすらと右目から漏れたのだろう瘴気が漂い、その大元を直接体内に宿している蝮の安否が心配になる。
「…もうちょい急いでも和尚に気取られることあらへん、急ぐで」
「うん」
柔造も同じなのだろう、達磨にバレない一定の距離を維持しつつスピードを速めた。
やがて市街地はだんだん丘陵になっていき、民家も疎らになっていく。その代わり木々が多くなる。
そして山道に入ると、土の地面の上を直接走る。木々の揺れる音だけが響く静かな夜の森だが、だんだんと嫌な気が濃くなってきていた。実は、金剛深山に入るのは、あの捨てられた小5のとき以来だ。あのときは気づかなった邪悪な気配が、山の中から湧き出ていた。
瘴気ではない何かの気配に気分が悪くなる。
それは、不動峯寺の門が見えたところで一気に大きくなった。
「っ!、柔兄!!」
「なんや!」
「なんだこれ、なんか、ヤバイもんが地下から…まさか…」
気配があまりに大きすぎる。上級悪魔という格ですらない。これは、まさしく大災害レベルの悪魔だ。あまりの気の大きさに、いよいよ明斗は足が遅くなる。
「どないした!?」
「…ひょっとして…いや、でも…」
「明斗?」
「…不浄王、」
その正体はそうとしか思えない。そう呟いた瞬間、不動峯寺の降魔堂あたりの地面が突如として盛り上がり、砕け散った。上の降魔堂は一瞬にして破壊される。
その代わり中からあふれ出てきたのは、悍ましい胞子の集合体だった。気泡、触手、キノコのようなものに筒状のもの、様々な菌類の形で現れたそれは、あちこちから胞子を噴き出している。
その隙間から人影が現れた。
「なんやこれ!?…って、あれは和尚か!?」
「蝮姉さんも…!」
2人は慌てて境内に入ると、蝮を背中に抱えた達磨に駆け寄る。胞子の塊はどんどん大きくなっている。
「和尚!」
「柔造!明斗!ええとこに来た!八百造の機転やな、助かったわ!ここはええから蝮連れて出張所行って助け呼んでくれへんか」
「連絡します!あのバケモンいったい何なんです!?」
「それは蝮が知っとる。右目を体ん中に入れて重傷や。私の代わりに蝮を父さんのとこ返したってや」
「和尚は!?」
「私はここであいつを食い止める!」
明斗は今まで感じたことのない悪魔の強大さに、あれが不浄王だと踏んでいるが、なぜか達磨はそう言わない。右目から血を流す蝮に対して、自身の口で説明するよう諭すほどだ。
事情を知っているらしい達磨から察するに、やはり考え無しの行動などはなくて、これだけのことでもやはり秘密を貫くのはそれが必要だからなのだろう。
柔造が蝮を背負う。蝮は達磨に手を伸ばすが、達磨は早く行くよう急かした。
「達磨様、俺も残ります」
「ええから明斗も行くんや!!」
「…それが必要なんですね」
明斗が達磨をじっと見つめて尋ねると、達磨は驚いたあと苦笑する。おそらく、明斗が不浄王だと気付いていることを察したのだろう。その上で、達磨の意図に勘づいていることも。
「ホンマ、聡い子ぉやな。…竜士を、頼むで」
昔から竜士に近いところにいた明斗を、達磨もよく知っている。だから、こんなことを言うのだ。まるでこれが、最期であるかのように。
「…竜士様は強い方です。ちゃんと後で、叱られてください」
「……はは、せやな」
「…それでは」
念を押したが、きっと自分のやりたいようにやるだろう。頑固なのだ、竜士も、達磨も。本当にそっくりな親子だと思う。
明斗は柔造から錫杖を受け取り、電話を出張所に繋ぎながら走り出した。蝮の息は荒い。背後に感じる不浄王の気配も大きくなっていた。