兄弟: 気付いた心


●不浄王討伐翌日


かつて日本を混乱に陥れた大悪魔、不浄王は金剛深山の斜面の一部を更地にしただけで目立った被害のないまま討伐に成功した。もちろん最大の功績は、候補生ながらサタンの血を引く少年、奥村燐の青い炎であり、限界まで瘴気を山に閉じ込めた妙陀宗座主の息子、勝呂竜士だった。
最も重症となった勝呂達磨もまた候補生によって一命をとりとめ、今回の死者は左目に関わった祓魔師2名のみとなった。

達磨の他にもう1人、重傷となったのが、右目を自身の体内に入れて運んだ蝮である。まだ日本支部も出張所も後片付けで大忙しであるため処分は出ていないが、恐らく除名は避けられない。

討伐を終えて日が昇ってから、柔造は蝮にまず朝いちばんに達磨や不浄王のことを報告し、それから金剛深山に戻って処理を手伝った。飛散した胞子を焼き尽くさねばならないからだ。
大活躍の候補生たちは旅館で療養中で、今日は大人たちが最後のひと踏ん張りをする日となっている。

そんな一日の終わり、日も沈んだ頃に、柔造はもう一度蝮の部屋を訪れた。


「…蝮、調子はどないや」

「……柔造か。体は問題あらへん」


蝮は布団から起き上がる。目以外についてはもう回復したらしい。柔造はひとまず安心してから、布団の側に腰かけた。


「…で、話てなんや」


実は、蝮が後で話があるからもう一度来いと言ったのだ。柔造は不思議に思いながらも、仕事があるのも事実なのでいったん仕事に行ってからここに来た。蝮は柔造の方をちらりと見てから口を開く。


「…明斗んこと、どない思うとるんや」

「っ、」


蝮のニュアンスは質問ではなく確認だった。柔造はさすがに鋭いな、と幼馴染に適わない気持ちになる。


「…蝮の思うとる通りや。もう、どうしようもあらへんとこまで来てもうたわ」

「フン、お前のブラコンの度ぉが過ぎとるいうんは妙陀宗の間でも有名やさかいに、そないなとこやと思うとったわ」

「ゆ、有名なんか…」


柔造がやたらと明斗と2人で組みたがるからだろう、兄弟でなければ本当に怪しまれていた。


「…で、どないするんや。明斗と」

「…どうもせえへんよ、分かっとるやろ」


蝮が聞きたいことの根幹はここだろう。明斗とどうなりたいかなど、柔造が考えなかったわけがない。そして、どうなることもできないのだ。このまま、兄弟として過ごすしかない。
それを言うと、蝮は呆れたようにした。


「とんだヘタレ申やないか」

「や、やかましい!あいつはやっと家族としての幸せ掴めたんや、俺がそれを壊すわけにいかんやろがぃ!」

「たとえ恋人になったとして、その瞬間から家族やなくなるんか?」

「…、」


柔造は蝮の言葉に虚を突かれた。今まで家族か恋人かという二元論のようになっていた。しかし、蝮は平然とその考え方を吐き捨てる。


「家族いう繋がりがそないなことでなくなるかアホ。家族も恋人も色んな形があるやろ。あんたららしい形探せばええだけや」

「…でも俺は志摩家の次期当主や、結婚して身ぃ固めなあかん。あ、せや」


そこで柔造は何となく考えていたことを口にする。不浄王を倒してから考えていた、身を固める方法。


「蝮、俺と結婚せぇへんか」

「………撤回しろ。せやないと今ここで殺すで」


しかし柔造は自分でもとんでもないタイミングで言ってしまったと思った。聞いたことないほど冷えた声を出す蝮に、「悪い」と平謝りした。


「このドアホが…復活させた私が言うんもあれやけどな、不浄王なき今、妙陀宗の存在意義は祓魔以外にない。せやったら、いつまでも寺としてのしがらみに囚われる必要あらへんのやないか」

「しがらみから…」


確かに言われてみれば、妙陀宗は不浄王の右目を守ることが存在意義だったが、不浄王ごとそれが消滅した今、妙陀宗はいわば解放された。もはや、寺組織としての形態を維持する必要もなかった。
それぞれの道を少しは行っても、もういいのかもしれない。

柔造はすっくと立ちあがる。


「…ありがとぉな、蝮。俺、進んでみよて思う。…あぁ、でもな。お前と結婚するんも、俺は悪うないて本気で思うとったんやで」

「…何様やアホ申」

「はは、せやな。すまんかった。…おおきに」


柔造はさっそく動き始めるべく蝮の部屋を後にする。



一方で、残された蝮は1人胸を押さえていた。
痛まないでもなかったが、しかし蝮は、大事な弟と幼馴染が幸せになった姿を見たいと強く思っている。だから、後悔はなかった。
ただ少し、この痛みと一緒にいてもいいだろうか、とだけ、暗くなりつつある部屋に思った。


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