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翌日、休みをもらっている明斗は、自宅で柔造に頼まれたマンガを読むことにした。マンガは金造が持ってきてくれていて、「こーやって読むんやで!」と読み方を教えてくれた。イラストだけで伝えるというのに、そのコマ配分などは工夫があって、自然に読むことができそうだった。
金造も休みをもらっているらしいので、明斗は一緒に読むことになる。

読んでいくと、若者言葉や若者特有の文化などが登場したため、それを逐一金造に教えてもらう。
金造の方が読むスピードが速いのだが、明斗に合わせて、質問にはきちんと答えてくれるし、ネタバレもしない。
そして読み終わってもそばにいて、明斗に付き合ってくれた。

そんなに暇なんだろうかと思いつつ読み進めると、しだいに明斗も引き込まれていき、今まで概念しか知らなかった恋愛というものが具体的になった。


「き、金兄…」

「ん?」

「恋愛ってこんなハラハラすんの…」

「せやで、見てる分にはな。実際に恋愛してるヤツはまた違うんやないか?」

「そうなの?」


マンガから、現実の恋愛の話に自然と移る。紙面から顔を上げると、金造は空中を見てうーん、と唸った。


「俺も言葉じゃよう分からんけどな。好きやっちゅう感情以外にも、いろんな感情が同時にあんねん。嫌な気持ちもな。主人公やて言うとったやろ」

「言ってた…」

「せやけど、そういうんの全部飛び越えて、好きっちゅう気持ちが上回るんや。それが本気の恋愛やな」

「へぇ…」


マンガの中でも、相手がどう思っているのか不安になったり、別のライバルが現れて醜い感情が出てきたり、そんな自分が嫌になったり、負の感情も多く出てきた。それでも、主人公の女子は好きだという気持ちが大きくなっていった。小さくなるどころか、大きくなる一方なのだ。

どんな困難があっても、一緒にいたいという強い気持ちが勝るものなようだ。


「でも、負けたくないなら正々堂々戦えばいいのに。てか、この男の子も大概じゃない?正直に気持ち言えよって感じ」

「お、おう…」

「俺だったら殴るな…」

「い、意外とスポコンやな…?」


その後、マンガの中では2人が素直に自身の気持ちを告げて晴れて結ばれていた。
それにしても、と明斗は思う。

一緒にいたいというだけなら交際しなくてもいいのではないかとも思うのだ。なぜ頑なに「付き合う」ということにこだわるのかが、今いち分からなかった。


***


その夜、金造のライブがあるということで、妙陀宗の者たちの多くが会場に向かっていた。よくライブの度に妙陀宗が集まるので懇親会のようだ。
今回は八百造や柔造も行くらしく、一緒に明斗は会場に行った。
もう何回か経験しているので、明斗は怪我しないよう柔造と後ろに控えて金造の活躍を見守った。前の方は若い祓魔師たちが「いてこましたれ」と叫んでいる。熱気で室内はとても暑く、それもあって明斗は前にはいつも行かなかった。

いつも通り、金造の三味線のうまさに聞きほれてから、明斗は家に帰った。柔造は八百造、金造と話があるということで、一足先に帰宅する。
すると、なぜか明斗の部屋に廉造がいた。


「あれ、廉造」

「おかえり〜」

「金兄のライブ行ってたんじゃないの?」

「途中で抜けてきてん」


どうやら廉造は今回途中で抜けたらしく、明斗よりも先に帰っていたらしい。旅館に行かずここにいるのはなぜだろうか。


「どうしたの、わざわざ俺の部屋で」

「あんな、俺今日気になる子誘ったんや」


そこで廉造が話し始めたのは、脈絡のない自身の話だった。こうやって廉造が突然話すのも珍しいことではないので、ひとまず廉造の側に腰を下ろして聞く体勢になる。


「候補生の子なんやけどな。ちょっと気になっとったさかい、金兄のライブだしに2人で行ったんや」

「…騙されてない?」

「ホンマそれ。皆おるんやもん。しかも、その子結構ノリノリで、俺暑苦しいの苦手やん?なんや耐え切れへんかったさかい抜けて来たんや」

「ふーん?」


確かに廉造は、暑苦しいのが苦手だ。ああいう金造と妙陀宗のノリは苦手なものだったのだろう。その子はそういうのが好きだったようで、廉造は1人抜けてきたと。


「俺、その子のこと好きなんかなぁって自分でも迷ってたんやけど、やっぱ『好き』っちゅう感情は、そないなことでも上回るモンやん?」


廉造の言っていることは、まさしく今日マンガで学んだことだった。恋というものは、困難なことやつらいことがあってもなお上回る強い気持ちなのだということだ。


「せやし、俺のは違うんやなって。アキ兄はそういう気持ち感じたことある?」

「俺…?」

「そっ!マイナスの感情とか、どうしようもない現実とか、そういうんを前にしても上回るような気持ち!」


マイナスの感情や、どうしようもない現実。その言葉に、突然、パッと明斗の中に感情が浮かんだ。青い夜のことを初めて柔造から聞いたときから感じている、柔造への気持ちだ。
もし柔造が結婚して家庭を持ったらと思うと、もやもやして暗い感情が出てきて祝えない。そして柔造は、志摩家の次期当主として家庭を持つべき立場にある。
それらは確かに、マイナスの感情とどうしようもない現実だ。それでもなお、柔造のことが大切だと思う。好きだと思う。




ひょっとして、これは。

明斗は愕然とした。






「思い当たる節あるん?」

「……あ、いや、ないよ…」


咄嗟に、これは隠すべきだと思った。


だって、許されない。実の兄に、恋をしているなど。


結婚して欲しくないのも、それをするべき立場だと分かっているのにも関わらずその想いが消えないのも、すべてこれが恋だからだ。そうしたことを上回る強い感情だからだ。
こんな気持ち、血縁はないとはいえ兄に向けるものではないし、何よりも、明斗を家族に迎えてくれた柔造に対する、ひどい裏切りだと思った。

一気に明斗の心に広がるのは、罪悪感。柔造の優しさを、明斗を養子に迎えてくれた思いを踏みにじるようなものだ。許されない。

明斗はその罪悪感に潰されそうになりながら、今日はもう休むと廉造に告げた。


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