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明斗は旅館へやってくると、スタッフに達磨の居場所を尋ね、示された中庭に向かった。不浄王の一件がどれくらい長引くか分からなかった以上、旅館の方も営業再開をいつにするか決めていなかったようで、まだ一般客の姿は見えなかった。
中庭の掃除をしているという達磨のところへ向かうと、薄暗くなってきたこともあり、中庭の灯篭に火をつける姿が見えた。


「…達磨様」

「ん、明斗やないか。どないした?」


怪我はすっかり良くなったようで、包帯もすべて取れている。朗らかな笑顔で迎えられ、明斗は靴を脱いでそちらへ向かおうとする。しかし達磨に制され、達磨が縁側に上った。


「えらい思いつめた顔しとるなぁ」

「…、はい」

「…せや、灯篭に火ぃつけるん手伝ってくれへんか」

「分かりました」


どうやら明斗の顔で悩み事と分かったらしい。達磨はやはり明斗に庭に降りるよう指示し、明斗はサンダルに履き替えて中庭に降りた。旅館の敷地内にいくつかある灯篭に灯をともして回るのを手伝うことになった。

明斗は達磨から袋を受け取って、短くなった蝋燭を達磨が交換する際にそれを袋に入れる役だ。

陽が沈むのは早く、最初の灯篭に火をつけたところで空は完全に暗くなっていた。


「さて、明斗は何をそないに思いつめとるん?」


二つ目の灯篭で、達磨が小さな箒で灯篭内の埃を払いながらようやく尋ねた。何かの作業をしながらだと、思考に客観性が生まれて落ち着ける。灯篭に灯る明かりの揺らめきも、心を静かにしてくれた。
達磨に短くなった蝋燭を渡されてそれを袋に入れたところで、明斗は口を開く。


「…俺は、どうやら、柔兄に恋してるみたいなんです」

「ほぉ、そらまたどえらい話やなぁ」


兄弟間の恋愛などタブーもタブー、血縁こそないからまだマシかもしれないが、保守的な妙陀宗ではとても禁忌だ。それを達磨は「どえらいこっちゃ」と軽く笑い飛ばす。明斗は少し緊張していたというのに、達磨はまったく動じていなかった。


「…驚かれないんですか」

「驚いとるよ?でもなぁ、ついこの前に不浄王なんちゅうもっとどえらいモンが復活して、それを倒したんやで?そないなこと大したことやあらへんわ」

「…、そういうものですか」

「そういうもんや。せやから明斗、なんも躊躇う必要はあらへん。気安う話してごらん」


達磨の笑顔に、明斗は心が軽くなるのを感じた。不浄王とこのことがまったく違うことで、比べるのは意味のないことかもしれないが、心の持ちようでしかないのだから、明斗はこれで良いと思う。
次の灯篭に向かいながら、明斗は少しずつ詳しく話し始めた。


「…最初は、柔兄への気持ちが分かってなくて。ただ、立場が全然違うことや、柔兄が結婚したら祝える気がしないな、とか、そんなことを思ってました。最近、廉造とか金兄とかと話す中でそれが恋愛って気持ちだって知って、そしたら、すごくすごく、自分が最低なヤツに思えて…」

「最低?なんでや?」


三つ目の灯篭に着くと、特に問題がなかったのか達磨はすぐに火をつける。その炎の揺らめきは、明斗のこれまでの感情の揺らぎのようだった。


「…捨てられていた俺を志摩家に養子入りさせてくれて、俺が人間として、家族としてここで生きる幸せを柔兄は教えてくれました。それなのにこんな許されない気持ちを抱くことが、すごく罪深いようで…なんか合わせる顔もないから最近避けちゃってるんですけど、柔兄が傷ついたような顔してるの見たらもっと自分が嫌になって。物理的に距離を置きたいから、父さんに異動頼んでみても、まあ当たり前ですが拒否されて。そうしたら、達磨様のところに行けと言われました」

「なるほどなぁ。明斗は、柔造と交際したいとかいう気持ちはあるんか?」

「交際、ですか…?別に、特には…」

「じゃあ、どないしたい?明斗が一番望んどることはなんや?」


次の灯篭に向かわずに、達磨は静かに尋ねる。一番望むこと。明斗は点火からようやく落ち着いた灯篭の蝋燭を見て、一番、というより、ただ一つ望むことを言葉にした。


「……一緒にいたい、です。柔兄と、ずっと、そばにいたいです……!」


気持ちを口にすると、感情がその通りに近くされ、唐突に目からボロボロと涙があふれてきた。また炎が揺らいで見えてしまう。
ただ、明斗は柔造の隣にいたい。それが許されなくなってしまうこの気持ちを抱えていることが、何よりつらい。

達磨は明斗の背中をゆっくりと摩り、「いったん戻ろか」と近くの部屋に連れて行った。


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