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夕飯時が近くなっても、明斗が帰ってこない。柔造はもっと早く上がる時間になっていたはずの弟の姿が見えないことに、少しもやもやしていた。
最近ずっと避けられていることもあり、そろそろ柔造も我慢の限界だったのだ。


「あーあかん、そろそろ明斗のこと抱き締められへんと無差別に誰か殴ってまいそうや…」

「こわぁ!!やめてや柔兄!!」


そんな柔造の禁断症状に、近くで聞いていた金造は驚愕の後にドン引きする。金造にそうされるとむかつく。柔造は容赦なく金造に肩パンを食らわすと、はぁ、とアンニュイなため息をついた。
一日に二回は明斗を抱きしめている柔造が、ここ数日、一度も触れることすらできていない。そのストレスはすさまじかった。


「あのモテキング柔兄が意中の子に避けられとる…」

「やかましいわ!!」

「いだぁ!!?」


アホの子金造は平然と柔造の地雷を踏みぬくので、再び肩パンをお見舞いする。涙目の金造だが、その実あまり痛くないはずだ。無駄に筋肉がついているわけではない。
どこで油を売っているのか、と明斗のことを考えていると、突然柔造の携帯が鳴った。相手も見ずに出ると、どうやら旅館からだ。


『あ、柔造さんですか』

「ええ、そうです」

『達磨様がお呼びですんで、すぐ旅館来てもろてもええですかね。明斗さんのことで話がある言うてはります』

「すぐ行きます」


柔造は機敏に返事をして通話を切ると、急いで旅館に駆けだした。金造が呆れたように「いってら」と言っていた気がする。
走る必要もないだろうが、明斗のことで達磨から直々に話しがあるというのは様々な憶測がたてられた。何か具合が悪いのか、もしくは剛造のようにどこかへ捜査に行くのか、それとも東京か、廉造のようにスパイか。いかんせん柔造の周りでは様々なことが何重にも動いているため、心当たりしかなかった。

大した距離でもないため、柔造の足をもってすれば数分で到着した。たいして息も切らさず、余裕の到着である。
心得たように控えていたスタッフは、「ホンマに3分で来はった…達磨様さすがや…」と小声で呟いてから、柔造に場所を教えてくれた。奥の方の客室だ。

一般客がいないのをいいとこに、ドスドスと遠慮なく急いで廊下を進み、指示された部屋の障子越しに中に声をかけた。


「柔造です」

「おん、中入り」

「失礼します」


達磨の許可を得て入室すると、明斗が畳の上で横になり、その側で達磨が机に茶を淹れて待っていた。


「急に呼び出して堪忍な」

「いえ…それより明斗は、」

「そう焦らんでもええ、寝とるだけや」


柔造は明斗の頬に触れる。目の周りが赤くなっていて、見るからに泣いたのだと分かる。寝ているだけというのは今の状況であって、何かがあったのは間違いない。はやる気持ちを押さえて、明斗は達磨に正座して向き直った。


「さっきな、明斗が私のところへ相談に来たんや」

「相談…?」

「内容は私の口からは言えへんけどな。でも、柔造、あんたに原因があることや」


達磨は特に怒っているわけではなくて、ただ諭すような口調だった。柔造はその穏やかな口調に、少し落ち着きを取り戻す。


「と、いいますと」

「兄弟そろって、明斗になんや企んどったやろ。せやな、恋について、とか」

「……どこまでご存知なんです」

「そないな大層なことやない。柔造が分かりやすいだけや」


どうやら達磨は柔造の気持ちをしっかり把握しているらしい。蝮も廉造も金造も、そこまで分かりやすいかと柔造はだんだん自分に恥ずかしさを覚える。おそらく廉造がいれば、「いや一日二回抱き締めとる時点で色々お察しやで」と言っていただろう。


「…不浄王を倒して、少し、自分に正直になってもええかと思うたんです。そんで、明斗にまずは恋愛とは何たるかを知ってもらお思うて勉強させて、廉造に頼んで自分の気持ちの整理もしてもろたんです」

「なるほどな。いや、それは悪い手やないで?せやけどな。明斗はここんとこずっと、そうやって知った知識が原因で悩んどったらしい。八百造に異動の申請するくらいにはな」

「なっ…」


本当に柔造の懸念の1つが当たろうとしていたらしい。驚いていると、達磨は苦笑した。


「ええか、柔造は兄貴で年上で、男としての経験値も上や。そないな回りくどいことも、まぁ不必要とまでは言わへんけど、あんさんが先に気持ち伝えるくらいの甲斐性見せてやった方が良かったんとちゃうんか?」


遠まわしに甲斐性なしと言われた気がする。しかし、こうして涙を流すほど明斗に悩ませたのが自分だと思うと、納得してしまう。確かに、先に柔造が自身の気持ちを伝えるべきだったかもしれない。


「ほなら、私はそろそろ退散しよか。ちゃんと2人で話して、解決しとくんやで」

「お手数おかけしました」

「なに、私にできることもめっきり少なくなった。いつでも頼ってくれでええからな」


達磨は朗らかに笑うと、部屋を静かに後にした。


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