2



そして、ついに会議が始まる。虎屋の広間を借りて、畳の部屋に置かれた長い机に沿って親族の代表が並ぶ。それに相対するように、本家の八百造以下、柔造、剛造、金造、明斗と座った。嫁いだ盾、幼い廉造と弓は出席しない。
親族たちの厳しい目線はやはり明斗に集中している。

まず当たり障りない挨拶と近況報告をし、そして開始15分、ついに開戦する。


「それにしても、今日は見慣れん顔がおりますなぁ」

「ほんに、まさか養子を取りはるなんて、なに考えてはりますのやろ」


口火を切ったのは分家の中でも最も裕福な男女。始まった、と金造は身構えた。


「明陀宗として放っとくわけにはいかんと判断したまでです」

「福祉施設に出せばいいもんを…わざわざ養子、でもおかしいんやんなぁ?」

「えぇ。どこをどう探しても…その子ぉの戸籍は志摩家本家には入っておらへん。もしほんに養子なら、母子手帳と保険証くらい、お手元にありますやろ。あとは、住民票か戸籍謄本の写しも後で出してくれはったら信用できますなぁ」

「学校にも通っておらへんみたいやし。もし正規の手続きを踏んでおらんのやら、然るべきところに通報せなあかん」


金造は畳み掛ける親族たちに驚いた。いつもより表情が生き生きしていると思ったら、ここまで決定的なところを突いてくるとは。
実は、明斗は戸籍を持っていない。そもそも捨てられていたときに戸籍関係のものがなかったこともある。だが新たに登録をし直さなかったのは、ひとえに体に悪魔の血を引くからに他ならない。学校で力が暴れたら大変だし、悪魔が見えていることにも変わりはない。
さらに、悪魔の血を引くために病気にならず、予防接種や検診が必要ないため、戸籍があると役所にそれらを求められてしまう。他の志摩家の子供たちは普通に育てられているため、ひとり明斗だけ予防接種などを拒否したり学校に通わせなかったりすると、虐待かと学校などから密告され児童相談所に目をつけられる。
志摩家に在籍させることを渋った八百造の条件として、そのような他の子供たちに悪影響のないよう戸籍を作らず、明陀宗の中だけで育てること、そして、他の門徒への説得のためにも明斗を"武器"として扱うことが柔造に提示され、迷った末に受けいれたそうだ。
いつしか八百造も明斗を本当の息子のように、いや、もはやそれ以上に可愛がっている節があるため、後者の条件はないようなものだが。
そうはいっても、親族たちの追究は事実。これをどう潜り抜けるのか。親族たちはいざとなったら警察に届け出ればいいだけなのだ、こちらが不利である。


「安心しはってください。母子手帳と保険証を用意しとります」


しかし、八百造は机に2つのものを出した。母子手帳と保険証だ。
それぞれ志摩家の名義となっている。


「なっ…!?」

「本籍は確かに京都に移しとりません。それは忙しうてやれんかっただけです。せやけど、母子手帳と保険証は作り直しとります」

「が、学校は…」

「もともと明斗は東京都で暮らしとって、正十字学園の中等科に通っとりました。そっから養子に引き取って、学校は寮に入れて向こうに通わせ続けとります。学生証と寮の入室書類もありますえ」


正十字学園、と聞いて金造は納得した。恐らく、メフィストが噛んでいる。母子手帳と保険証は見た目だけなら偽造が可能だし、学園に通っている証もメフィストがいくらでも作れる。


「住民票と戸籍謄本は…」

「それは個人情報やさかい、勘弁願いますわ」


どちらも勝手に別世帯のものを閲覧することはできない。もちろん、世帯の構成員を役所に聞いても個人情報だから答えられない。恐らく、メフィストなら頑張れば住民票も偽造できるだろう。

親族側は一転、打つ手がなくなった。


「…ふん、ようやりますわ…」

「そないなことしてまで隠すなんて…やはり八百造はんの隠し子やったんやないの」

「端女(はしため)の臭いが臭うてたまらんわ…」

「下女の子が…」


悔し紛れに、親族たちは明斗を下賤な生まれと罵る。明斗は表情を変えない。八百造はそれについては何も言わなかった。


「あの能面みたいな顔、どう躾けられたらあぁなってまうんやろか」

「感情の乏しい子供なんて…不気味やわ」


もっと分かりやすい罵倒をしても、やはり明斗は無表情で、八百造も無反応。
金造は、想定通りの事態に沸々と怒りが沸いた。結局、明斗は親族に謂れのないことを面と向かって吐かれるのだ。


「どうせ八百造はんがどこかの端女と作った子なんやわ」

「親が親なら子供も子供。よう似とる柔造はんもまた同じようなことするんやろか」

「明陀宗なんて落ちぶれた寺の坊主やもの、まともな徳なんてあらしまへんやろ」


やがて親族たちの罵詈雑言は明斗以外にも向けられ始めた。ここまで言われて何も言い返さないのか。金造は横目で剛造の向こう、柔造と八百造を覗く。柔造の手は、机の下の膝の上で握りしめられ、血管が浮いていた。短気な兄なのだ、当然である。


すると突然、金造の左隣が立ち上がった。明斗だ。いきなりのことに、金造も、八百造や柔造も、親族たちも呆気に取られる。


「僕のことは何とでも言えばいいです。けど、八百造さんや柔造さんは、剛造さんも金造さんも、志摩家の人たちは、みんなあなたたちが言うような人間じゃない。人のことを平然と傷付けるような悪魔じゃない!!」


何を言われても態度を変えなかった明斗。しかし、志摩家全体にそれが及ぶと、突如として怒りを露にした。それが意味することは実に簡単で。
でも、八百造と柔造は何も言えない。当たり前だ、彼らは志摩家のトップとしての立場がある。


「な、なんやの急に、一丁前なこと言いよって」

「礼儀もなっとらんやないの」

「恥を知れ、東京モンの穢れた餓鬼が!」


だが、金造にはそんなものはない。真ん中の兄として、気にする肩書きや立場などないのだ。
兄として金造ができること。それこそ、今このときなのではないか。
思い立つなり金造は明斗同様に立ち上がった。


「恥を知るのはお前らや!!お父も柔兄もやで!!あんたらはそうやって後生大事にくっだらない立場でも抱えとけ!!明斗は俺が守る!!!」


そう啖呵を切り、金造は明斗の手を引っ付かんで部屋を飛び出す。こんなところ、一刻も早く離れたかった。


「き、金造さん!?」

「…明斗!!」


中庭に面した廊下までやってきて、周りに人の気配がないことを確認して明斗に向き直る。


「お前も何バカなこと言うとんねん!明斗かて、志摩家の家族やろがィ!!明斗やって理不尽なこと言われていい奴やないわドアホ!!」


そして、怒鳴られて竦む明斗を思いきり抱き締めた。細く薄い体はすっぽりと腕に収まった。


「わ、き、金造さん、」

「金兄や。俺はお前の兄貴やねんぞ。んで、お前は俺の弟や。弟は兄貴に甘えてええもんなんや」

「……!!」


家に来てから一年、やはりどこか遠慮があるのか、他人行儀にさん付けで呼ばれていた。何度か柔造が呼び方を正したが、治らなかった。


「志摩の子供なんやさかい、言えるやろ」


今度は怒鳴らずに言えば、明斗は金造の胸元で小さく頷いた。そして、小さく囁く。


「……金兄、」

「おん」

「あ、ありがとう…」


少し涙声になっているのは、指摘しないでおいてやる。その代わり、思いきりその頭を撫で回した。


「金造!明斗!」


と、そこに、柔造が走り寄ってくる。体を離すと、柔造は金造の頭にゴツリと拳を落とした。



「なにやっとんねんアホ!!ってかよう喧嘩売ってくれよったな!!」

「あ、あの!」


金造にタレ目を吊り上げて怒る柔造にヤバイ、と思ったところに、明斗が意を決したように声をかける。柔造が「どないした?」と途端に柔らかい声で応答した。明斗は柔造の前に立つと、しっかりとその目を見上げる。


「じゅ、柔兄……」

「…………っ!?」

「……へへ、」


数拍遅れて、柔造は目を見開く。
ついで、照れたように小さく笑った明斗の初めての笑顔に、金造も柔造も雷に打たれたような衝撃が走った。


金造にとってよく分からなかった弟が、世界で一番愛おしい弟に変わった瞬間だった。


7/72
prev next
back
表紙に戻る