親子
●6年前
八百造+夢主(12)
金剛深山で明斗を柔造とともに発見したとき、八百造は面倒なことになったと頭を抱えるしかなかった。小さい子どもが好きで、正義感や責任感も強く、祓魔師になったばかりでやる気に満ち溢れている柔造がその子を放っておくはずもなく、明らかに厄介な子どもを志摩家にいれることになったのだ。
風の力を持つ明斗の様子からして、恐らく窮奇、もしくは鎌鼬と呼ばれるイタチに憑依する悪魔の血を引いている。制御できていない様子を見るに、産みの親からは恐れられて捨てられたのだろう。こんな子どもを確かに市中に放っておくのは、明陀宗としても正十字騎士團としても許されることではない。だが、正十字騎士團に申告すれば恐らくどこかの修道院かそういった子ども専用の学園系列の福祉施設で引き取ってくれるはずなのだ。こういったことは、珍しいが決してないことではないため、しっかり学園の法人として運営する福祉施設がある。
柔造にもそう言ったのだが、頑として譲らなかった。「犬猫みたく責任持って面倒見れるならええ、なんてもんやあらへんのやぞ」とそれがどんなに大変なことか何度も言い聞かせた。だが、柔造は「家族」というものに拘った。家族に裏切られたこの子どもに、本当の家族を教えてやりたいのだと。
だが、志摩家にも立場というものがある。家計はそもそも火の車だし、廉造や弓はまだまだ幼い。明陀宗自体が危ういと言うのに、子どもをわざわざ養子に取るなど。しかも、理由は家族愛を伝えたいなどというふわふわとしたもの。到底、他の僧正家に示しがつかない。
そこで八百造は、柔造にいくつか条件を出した。大まかにまとめれば、それは2つに収斂される。
まずひとつ、戸籍は作らない。他の子どもたちへの悪影響を避けるためだが、当然それはこの国においていかなる人権も保証されないことを意味する。
ふたつ、明陀宗の武器として育てる。有り体に言えば捨て駒用ということだ。常に最前線で、僧正家や座主の前に立って誰よりも体を張るのだ。
非人道的である自覚はある。これくらい言えば、柔造も諦めると思ったのだ。しかし、柔造は渋った末に頷いた。前者は明斗が悪魔の血を引くため病気の心配がないことから、祓魔師として働くのであれば正十字騎士團から年金の代わりとなる金銭を与えてもらえるだろうこともあり、生きる上で心配はない。学校にも、正十字学園であればメフィストが計らって通わせてくれるだろう。強いて言うなら選挙権がないことくらいだが、この国の半分はどうせ使わない権利だ。
問題は後者の条件なわけだが、これは恐らく柔造がそのときになったらナアナアにするつもりだ。八百造は何だかんだと柔造がそのときが来たら言い訳をして明斗を守るのだと推測する。
だが、そうは言っても八百造ははっきり条件を飲めば許すと言ってしまった。男に二言はない。
こうして、明斗は志摩家に事実上の養子として迎え入れられることとなったのだった。
***
暴走する力が志摩家の家族に怪我をさせないよう、しばらく明斗は離れで過ごさせた。主に柔造が面倒を見て、暴走した力によって生傷が絶えなくなっていた。
だが半年もすれば制御できるようになり、やがて母屋で暮らすようになる。そうして、否応なしに八百造は明斗と接することになった。明斗は基本的に静かで、食事の席でも大人しく、特に話題を振られなければ喋らない。家族は全員さん付けで呼び、柔造以外には敬語で喋る。だんだん他の子どもたちには敬語が抜けていったが、八百造と話すときは敬語だった。
そのような状況にあって、一応息子なのだ、と言い聞かせても、明斗をそう思うことは難しかった。
転機が訪れたのは、その年の父の日のことだった。
書斎で柔造の報告を聞いていると、障子の外に誰かの立つ気配があった。報告書を机に置くと、「明斗です、」と声がかかる。意外に思いながらも入るよう促せば、明斗は緊張した面持ちで入ってきた。柔造も不思議そうにしている。
「お仕事中、すみません」
「別にええ。どないした?」
聞いてみると、明斗は少し間を置いて、何かを差し出してきた。お手玉のような和柄の布袋に包まれたものだ。紐でしっかりと口が包まれている。
「なんなん?」
「御守り、です。詠唱の勉強してたら、力を石に籠めると何かあったときに結界を張れる術があって」
なんと、自作の御守りだという。学校に行っていないため、また塾にも行かないため、すでに祓魔師となるための勉強を始めている。その中で、きっと何かの文献を見て作ったのだろう。
「なんでいきなり…」
「父の日、なので…」
しかも父の日のプレゼントなのだという。八百造自身忘れていたし、子どもたちは幼稚園のときに似顔絵を描いてくれて以来なにもしない。明斗がこういったことをしてくれたことが意外だった。
だが、八百造は何度か明斗に対して、生ける武器として明陀宗を守るために迎えたのだと伝えている。それでも感謝を示すとは思っても見なかった。そんな優しさを持っているのは、ここで生きるのにあまりにもつらくはないか。
「…、明斗、お前は武器として志摩家に迎えられたんやで、分かっとるんか」
だから、ついそう聞いてしまった。瞬間、びくりと明斗は肩を揺らして、細い声で「ごめんなさい…」と謝る。謝って欲しいわけではなかったし、もちろん責めているわけでもなかったのだが、明斗は頭を下げて退室した。
「……お父、」
すると、柔造からあまりにも低い声が落とされ、八百造は思わず顔をあげた。
「な、なんや…」
「それはこっちの台詞や!!なんや今の態度、せっかく明斗が歩み寄ってくれとるんに!!」
「……歩み寄る?」
柔造は普段ならありえないような怒声を八百造に向ける。その声で語られるのは、明斗が自ら八百造と距離を縮めようとしてきたのだということ。
「お父のこと、父親や思ってもええかっちゅうことを遠回しに伝えに来てくれたんや!!それをあないな言い方、息子やなくて武器や言うてるんと一緒やで!?」
「明斗が…俺を父親や思おうとしてくれとるんか…?」
「今さらかい!!何人息子おんねん!!なんでそないなことも分からんねや!!謝ったり、今すぐ!!」
やはり普通は絶対にしないであろう高圧的な口調で柔造が責めてくる。さすがに言う通り、大人として八百造に落ち度があった。それに、礼も言えていない。大人しく従い、八百造は明斗の部屋に向かった。
明斗の部屋にやって来ると、どうやら暗いのか中が窺えない。そこで、「入るで」と一言言って障子を開けた。
すると、肩を揺らして慌てたようにする明斗が、畳に座っていた。その目元は赤い。
「ご、ごめんなさ、すぐ治る、んで、」
嗚咽すら零れており、急に八百造が入ってきたため引っ込めようとしているようだが、その涙が収まる気配がない。
そして、八百造はそれを見て頭をガツンと殴られたような衝撃が走った。泣いている明斗はまさに"子どものよう"。実際に子どもであるはずなのに、そんなことを思ってしまった。つまり、ここにきてようやく八百造は明斗が所詮はまだまだ幼い普通の子どもなのだと気付いた。窮奇の血を引くことばかりに気を取られ、それ以外は何の変鉄もない子どもなのだと分かっていなかったのだ。
何を躊躇って、関わることを避けていたと言うのか。こんなただの子どもに、自分は、何を言ってきたのか。
柔造が怒り狂っていた理由が、ようやく分かった。柔造は、八百造より子育てをしてきたこともあって、遥かに理解していたのだ。子どもは所詮どんな子であっても子どもなのだと。それに対して、八百造が残酷すぎたことも。
「……堪忍、堪忍なぁ、明斗、俺が悪かった」
八百造は部屋に入り、泣きじゃくる明斗を抱き締めた。初めて腕に囲んだ明斗は、やはり幼くて。あぁ、子どもだ、とバカのようなことを思った。
「明斗は俺の大事な息子やで。御守り、ありがとぉな」
「っ!いい、んですか…?ぼく、武器ですよ…?」
「武器である前に俺の子や」
ようやく、明斗を息子だと思えた、そんな初夏の日だった。
ちなみにそれ以来、明斗は八百造を「お父さん」と呼ぶようになり、肩を叩いてくれたりマッサージしてくれたりと、「親孝行としてできることって、まだまだ少ないから」と言ってさまざましてくれる。柔造たちは一切やってくれなかった。
自分の実の息子たちよりいい子な明斗に、理想的な息子像を見出だして溺愛するようになった八百造である。