狡い大人: ″ドブルジアの盾″作戦


●2029年12月
ライトニング×主



2029年12月24日、クリスマス・イヴのルーマニア共和国。
黒海に面した有名なリゾート都市である、コンスタンツァという街に玲弥はいた。時刻は午前11:50、気温は1度ほどだ。

玲弥は街の中心部であるコンスタンツァ駅から南東に数百メートルのところにある、高層ホテルの屋上にいた。円柱状のホテルが三棟並ぶ、その海側の建物だ。
ホテルからさらに南東に、緑地と貨物列車線路を挟んで港湾があり、造船所があった。ルーマニア最大の港湾の東端にあたる。


『こちらアメリカ支部アルファ特科大隊、現在テルマレ・ロマネ通り南端の定位置に展開。1マイ通り偵察へ、黒海の様子はどうか』


寒々しい黒々とした黒海からの寒風を感じながらも、いつもの白黒のシャツとベスト姿で玲弥は応答する。半袖の白Tシャツに黒のベスト、黒のズボンは外国人兵士からも奇異の目で見られた。


「こちら日本支部葛城、1マイ通りトライアン付近高層ホテル屋上より偵察。敵影なし」


左耳からつけたインカムのマイクに、 気だるげな様子を隠さずに答える。ちなみに、各インカムで自動翻訳されるため、それぞれ好きな言語でやり取りしている。玲弥も日本語で応えながら、黒いフィンガーレスロング革手袋に装着した時計で時刻を確認した。


「…まぁ、もうじき来るでしょ」


12:00、無線が緊張した声でそれを裏付ける。


『EU支部より各員に通達!ロシア、トルコよりEUに対する宣戦布告を発表、同時にロシアよりポーランド、ドイツの米軍基地へミサイル爆撃開始!』

『こちらEU支部アドリア特科大隊、トルコによるギリシャ侵攻開始、現在トラキアにて交戦中!』

『こちら欧州連合海軍、黒海ボスフォラス海峡周辺よりトルコ空軍機を複数確認。ブルガリア、ルーマニア方面は要警戒』


ついにEUとロシア・トルコの全面戦争が始まった。戦争のセオリーは制空権の奪取から。東バルカンの制空権を 奪うべく、空軍機がやって来る。


『こちらアメリカ支部アルファ特科大隊、敵航空機を感知』


感応能力による感知情報を受けて、玲弥は南の空に望遠鏡を使い目を凝らす。雲の合間に、戦闘機が見えた。


「こちら日本支部葛城、敵影を目視で確認。推定到達時間1分15秒」

『欧州連合陸軍、地対空兵器用意!!』


目の前の緑地に配備されたEU正規軍の迎撃ミサイルが稼働する。EU成立から30年あまり経つが、連合軍は初めて組織された。果たしてEUと違い度々戦争をしてきた相手に通用するか。
玲弥は手はず通り、高層ホテルから北東のレジナ・エリザベタ通りに面するマンションの屋上に瞬間移動する。

視界には変わらず黒海が映るが、武骨な港湾からうってかわってリゾートビーチだ。海を南に見れば、先ほどまでいたホテルと港湾が見える。
そこに向かって、轟音とともに空気を切り裂き、戦闘機がやって来た。

そして地対空兵器から砲弾が放たれた。断続的に轟音が響き渡る。灰色の軌跡が空に立ち上ぼり戦闘機へと向かうが、戦闘機から放たれた大量のミサイルの方が早かった。

三棟のホテルや周辺の商業施設、マンション、造船所、倉庫、クレーンなどを巻き込み、地対空兵器が展開される辺りが一斉に爆発する。一瞬遅れて、その爆音が轟いた。
前日に州政府を説得して、市街地全体に避難勧告を出していて正解だった。地対空兵器12門の破壊のために、ルーマニア最大の港の3割と市街地一区画を爆発させるとは、あまりに荒い。人工知能による無人運転のはずだが、そこには金をかけなかったらしい。


「こちら日本支部葛城、欧州連合陸軍の地対空兵器は壊滅、敵戦闘機の人工知能は精度が粗いらしい。避難勧告対象区画をスケールBに拡大するべきだ」

『こちらEU支部バルカン方面司令部、避難勧告について了解。エーゲ海、黒海沿岸の交戦地域にてスケールB避難勧告を発令』


市内の離れた場所からは悲鳴がうっすらと聞こえる。騎士團における避難勧告の目安は、交戦地域からの距離に応じてスケールS〜Cまで規定されている。一番狭いスケールCは、交戦地域から1.5キロ圏内が対象となる。逆にスケールSは、交戦地域のある最高自治体全域である。
日本で言えば、スケールAなら市町村、スケールSなら都道府県単位となる。


『こちら欧州連合海軍、黒海ボスフォラス海峡より北西に向けてトルコ軍の駆逐艦5隻、輸送艦15隻、空母1隻が侵攻中。これより交戦に――――』


さらに、黒海のEU正規軍の軍艦からの交信が途絶えた。作戦海域との距離から考えるに、コンスタンツァ到着まで一時間もないだろう。


『こちらEU支部バルカン方面司令部、ブルガリア、ルーマニア沿岸部に展開中の全部隊は、これより上陸防衛作戦"ドブルジアの盾"作戦に移行せよ』

「はぁ…やっぱ避けられない、か」


玲弥はその命令にタメ息をつく。この作戦発動と同時に、玲弥はアメリカ支部のアルファ特科大隊に合流しなければならない。面倒な男が大尉をやっているため、気が進まなかったのだ。
しかし命令は命令だ、玲弥はもう一度タメ息をついて、その男のところへ移動した。


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