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バシレ・カナラケ通りとトライアン通りに挟まれた、国立歴史考古学博物館。白い壁にオレンジの屋根というラテン系らしい建築の博物館だ。
拠点のテントから北に数百メートルの内陸にあり、ついさっき海岸線を放棄したアルファ特科大隊が潜んでいた。一進一退の戦闘をしていたが、敵の猛攻と滞る支援にここまで撤退してきたのである。
といっても、すぐ目の前の道をまっすぐ進めばテントなのだが。

ルーマニア最大の港町であるため、占領後の使用を考え、なるべく敵は街を保存しておきたいらしい。最初の爆撃で破壊した港湾に軍艦を停泊させ、そこから市内において陸軍が展開していた。時おり、内陸の軍の施設への爆撃がある。


「博物館に隠れるとか…国際法違反っすよ」

「正規軍じゃないからね。てか、もっとえぐい提案したのは君でしょ?」

「そりゃ、俺ら正規軍じゃないっすもん」

「もんって…可愛いなぁ…」

「…きもちわり」


古代ローマの柱や彫像がガラスケースに保存された博物館の中で、傭兵たちは息を潜める。玲弥の瞬間移動がなければ、ここに逃げ込んだことが戦闘機からバレていただろう。やはり、制空権を奪われてまともな戦闘は難しい。


「敵、接近中です」

「カジノは」

「…いい感じに集まりました」


近くまで敵は来ているらしい。ライトニングは感応能力者の情報に頷くと、別の兵士に指示を出す。


「よし、じゃあ爆破しちゃって〜」

「…はい」


その兵士が手元のスイッチを押すと、離れたところから爆発音が響き渡った。同時に、瓦礫が吹き飛び落下するゴロゴロという音も続く。


「…どーせ廃墟だったんすから」

「誰も責めてないさ。行こう」


誰とはなしに玲弥が言うと、ライトニングに頭を撫でられる。こういうところは、大人だなぁ、と感じた。

撤退の際に玲弥が提案したのは、ビーチから海上に突き出すように建っているコンスタンツァ・カジノという建物を爆破することだった。1910年に建てられたこのカジノは、第二次世界大戦後に廃墟となったが、ルーマニアで最も豪奢な建物として歴史的に価値を持つものだった。
敵兵が集まるであろう立地なのを利用したのだ。

当然、文化的施設を破壊することは国際法違反であるが、それは国家の責任だ。国際法は人を縛るものではない。よって、民間傭兵団体の騎士團には責任がなかった。それでも軽く慰めてくれるライトニングは、やはり優しい男なのだろう。
そしてこの男は、当然それだけではない。


博物館から躍り出た大隊は、接近するロボット軍団に一気に襲い掛かった。
人工知能で動くロボットは、人型や四足歩行のものもあれば、戦車、移動式機関銃などもあり、さらには蜘蛛のように足がたくさんついて壁を動けるものもあった。
そのロボット軍団の後ろに、人の兵士もいる。

ロボット兵による掃射が始まると、傭兵たちは博物館の正面の柱に隠れたり、水や炎の壁を作って防いだ。


そして、ライトニングはロボット兵と人間の兵の上に大量の水の塊を浮かべる。そこに電気を流していくと、少し時間が経ったところで炎を投じた。

瞬間、そこは大爆発を起こし、周囲の建物のガラスが一斉に砕け散った。耳をつんざくような爆音に思わず目を閉じる。


「は…っ、ライトニングって名前、伊達じゃねっすね」

「まぁね」


ライトニングは、水氷、火炎、雷電の3つの能力を持つ世界で唯一の男だ。普通、相反する元素系の能力を同時に持つことはあり得ない。それなのに、ライトニングはいずれもSランクで保有するのだ。総合的には文句なしのSSランクである。
今も、水を電気分解して発生させた水素によって水素爆発を起こし、辺りの敵を一掃してみせた。その強さこそが、ライトニングと称される所以である。
そこへ、ある意味待ちわびた通信が入った。


『EU支部バルカン司令部より通達。現時点を持って、ギリシャ、ブルガリア、ルーマニア政府は首都の無血開城と戦闘停止を宣言した。捕虜となる前に、総員オーストリアへ撤退する。戦闘を停止し、日本支部葛城准大尉による転移を待て』


EUからの支援が遠回りになっている中での戦闘継続は困難だと、EUは判断したらしい。これ以上の犠牲をなくすため、交戦しているバルカンの3か国は停戦することになった。
こうなったら、玲弥が域内のすべての騎士團兵を永世中立のオーストリアに転移させることになっていた。


「…はぁ、やるか」

「ぼかぁ君と行くから、残して」

「…、了解」


頷くと、ネームタグを握る。これを介して、すべての傭兵たちを認識できるようになっているため、見えていなくても転移が可能なのだ。


『EU支部バルカン司令部より葛城准大尉へ。対象兵士はギリシャ、ブルガリア、ルーマニアの632名だ。よろしく頼む』

「こちら葛城、了解した」


認識を終えると、事前に取り決めた通りオーストリアのザルツブルク郊外に一斉に転送を行った。普段より莫大なエネルギーを費やすため、視界が一瞬暗くなり、体がぐらつく。


「よっ、と…」

「…どーも…」


ライトニングに支えてもらい、何とか視界を保つ。周囲にいた傭兵たちは消えている。


『630名の転移を確認』

「…了解、これより帰投する」


戦闘で力を使っていたこともあり、かなりだるい。しかし、ライトニングがいるから大丈夫だろう、とも思った。残ってくれたのは、もし玲弥が力を使い果たしても、敵から玲弥を守りつつ自力でセルビア国境まで逃れてくれるつもりだからなのだろう。


「大丈夫かい?」

「……大丈夫。ありがとう、ございます」

「もう一踏ん張りできそ?」

「…っす」


なんとか返答し、もう一度能力を使う。その瞬間、荒々しい街並みは、オーストリアの洗練された住宅街に変わった。兵士たちで溢れてむさ苦しいが、それでもなんとか転移できたようだ。
それに安心して、ついに意識を飛ばした。


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