心を知った日


●2020年代前半
主人公の過去
捏造の矛造が出てきます



玲弥は、自分がどこでどのように生まれたのか知らない。ただ、生まれてすぐに騎士團に特殊能力を発見されて引き取られたことは知っていた。つまり、生まれながらに特科大隊だったのである。
家庭より先に部隊を知り、友人より先に友軍を知った。そして家庭も友人も、どちらも知らないまま今に至る。

そんな玲弥が早くから特科大隊で働くようになったのは、ひとえにその特殊能力による。
世界で唯一の転移能力の保持者。それは世界中の騎士團を驚かせ、傭兵部隊としてあらゆる可能性があることを知らしめた。

玲弥が生まれた2014年は平和で、2010年代はつかの間の平和を世界が謳歌している時代だった。そのため、舞い込んでくる仕事は基本的にはスパイや暗殺の類だったため、転移能力はそうした任務の成功率を飛躍的に上げるものとして期待された。
そうして玲弥は暗殺や密偵の仕事を前提とした訓練を幼くして受けるようになり、人を殺す術を道徳より先に学んだ。きっと、倫理や道徳なんてものを学ぶ方がつらかっただろう。人を殺すことに何も思わないでいられれば、心を壊すことはないのだから。しかしその心は、壊れることもなければ、また、育まれることもなかったのだった。



そして2021年、玲弥のデビュー戦がやって来た。
6月に誕生日を迎えて7歳となった玲弥は、その一か月後にミャンマーへと赴いた。軍事政権から民政移管が遅々として進まないミャンマーは、経済不況もあって国民の不満が爆発、ついにミャンマー騒乱という紛争状態に突入したのである。

大量の難民の流入と経済不安によって、ASEANは早期の解決を強く求め、騎士團に対して紛争の解決を依頼した。一刻も早く紛争状態を止めるように、という依頼であったこともあり、玲弥に白羽の矢が立ったのである。
ASEAN支部に5つ存在する特科大隊のうち、タイとミャンマーの人々から成るチャオプラヤ大隊が戦局に決定打を与えることになり、インド支部のベンガル大隊、中国支部の金沙江大隊も応援に回るという大規模な作戦が組まれた。
玲弥はその中でも、敵側についている警察の壊滅が任務として与えられた。

敵軍だけでなく警察まで敵に回っている状態では何かと不便だからだ。しかも玲弥が担当する警察は、首都ネピドーを含んでいる。敵の本拠地を含むいくつかの都市において警察をひとりで壊滅する、それが玲弥の初任務となった。


***


東京都内の騎士團日本支部基地、その廊下に、突如として血まみれの少年が現れる。玲弥は自身の迷彩ジャケットにべっとりとこびりついた血を無感動に眺めた。
それに驚いたのは、歩いていた隊員たちである。中には特科大隊ではない普通の傭兵もいる。まだ小学生低学年くらいの少年が血まみれになってどこからともなく現れたのだ、当たり前だった。


「おいあれ、ウワサの転移能力保持者じゃないか…?」

「あぁ、あの…じゃああれは返り血か」


その急すぎる出現に、瞬間移動によるものだと気付いた隊員たちはひそひそと喋り始める。それにも特に何も思わなかった。
報告に行かなければ、と廊下を進もうとしたところへ、突然背後から声をかけられる。


「おい君、どないしたんや」

「…?」


そう声をかけてきたのは、短い黒髪を跳ねさせた大柄の男。独特のイントネーションもあって、すぐに誰か分かった。


「…志摩少尉?」

「せやで」


志摩矛造、階級は少尉で、火炎能力を有するSランクだったはずだ。今は22歳と聞いている。


「そないに血ぃまみれて…怪我ないんか?」

「大丈夫です。これから報告なので」

「待て、俺も行く」

「…はぁ」


いったい何なのか、と思いながらともに大尉室へと向かう。初対面の男と話すことはないと思っていたが、矛造はあれこれと質問をしてきた。
「好きな食いモンは?」「ありません」というような粗末なものだったが。

そうして大尉室に入ると、藤本がデスクに座って煙草を吸っていた。血まみれの玲弥にぎょっとしていたが、平然としているのを見て返り血を気付いたようだ。


「よく帰ったな」

「…報告します。ネピドー、ヤンゴン、マンダレー、ペグーにおける敵側警察施設はすべて破壊、各都市警察の上層部計87名も殺害しました」

「おう、でかした」


藤本は満足そうに言うと、手元のタッチパネルに何やら入力する。それを見て、玲弥の隣に立つ矛造が口を開いた。


「あの、なんでこないな小さい子ぉを任務に出すんです?いくら転移能力言うてかて、戦地にひとりで…」

「これは上層部が決めたことだ、志摩少尉。以降の文句は上層部行きだぞ」


藤本は手元から目を離さずに言った。その圧力に矛造はたじろぐが、食い下がる。


「…大尉は、何とも思うてへんのですか」

「……俺が、こいつを行かせたくて行かせてると思うのか?」


そこでようやく藤本は矛造を見た。それは睨むと言ってよい。しかし矛造は安堵したように息をついた。玲弥は自身の話と分かってはいるものの、仕事の話でないならと聞いていなかった。

それが、玲弥と矛造の出会いだった。


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