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2025年8月、大尉室。
11歳になった玲弥と、26歳の矛造が藤本のデスク前で並んで立つ。後ろには21歳の柔造、16歳の金造が控える。
タシュケントから戻ったばかりの4人に対し、藤本は怒るでもなく、静かにデスクについて向き合っていた。
「…何か言いたいことはあるか、玲弥」
「私は現場において必要だと判断したことを実行したまでです。根拠のない怒りを示す彼らには、理解に苦しみます」
「なるほど?では志摩少尉」
藤本はやはり特に怒るようなそぶりは見せず、矛造に振った。こちらは怒りも露わだ。
「先のエリトリア沖での任務でもそうでしたが、玲弥は…葛城一等兵は勝手な行動が目立ちます。自ら危険を冒して任務の遂行だけを目指すなど…」
「任務遂行を至上命題とすることは傭兵として当然のことですよね」
「命を粗末にすることはちゃうやろ!!」
矛造は何度も同じことを怒鳴ってきたが、玲弥は一向に理解できなかった。傭兵とは、そういものだろう。命とは、そういう軽いものだろう。守るべき重さの命を持つ人と、殺してもいい人がいる、それが玲弥が任務の中で学んできたことだった。
「…どちらの言い分も間違っちゃいねぇさ。でもな玲弥、お前は、命が等価であることを知るべきだ」
「…等価」
藤本は依然として静かに言ったが、力がこもったのが分かった。重大な話をするときの癖だ。自然と玲弥も聞く姿勢になってしまう。
「本来、お前は人を殺す方法よりも先にそれを知るべきだったんだ…それを、上層部のクソどものせいで、そういう時間を取ることが許されなかった。監視されたお前に、人として大事なことを教えることが、俺にはできなかったんだ」
「大尉…」
その声音には、悔恨がありありとみて取れて、思わずといったように矛造が声を漏らした。玲弥は、少しずつ体の内側がざわついてくるのを感じた。聞かなければならない、しかし、聞いてはいけないような、不自然な焦りだ。
「玲弥、ほんとはな、この世に殺していい人間なんていねぇし、死んでもいい人間なんでのもいねぇ。お前の死を悲しむやつらがいる以上、お前は気軽に死んじゃいけないんだ」
「…そんなひとたち、」
「ここにおるやろ」
自分の死を悼む人間など、と玲弥が呟くと、すぐ後ろからすかさず声が上がる。金造だ。
「俺も悲しむに決まってるやろ」
柔造も続き、そして、隣の矛造は玲弥の方に向き直った。
「…お前が死んだら、俺は一生自分を責めるやろうな」
「…なんで、そんな…」
「大事だからや。玲弥、俺は、そうやって自分のこと大事にできひんお前を、守りたいて思うたんや」
矛造はそう言って、玲弥のことを抱きしめた。今までにない距離感に驚き、とっさに離れようとしたが、矛造は離さない。人の温もりがダイレクトに伝わってくる。胸元に押し付けられた耳には、矛造の心音が聞こえてきた。
「で、でも、俺は、今まで、何人…」
しかし本当に命が等価だと、玲弥の命も守られてしかるべきだというのであれば、今まで玲弥が無造作に殺してきた者たちはなんだったのか。矛造たちの言葉が胸に刺さって、信じたいような気持ちになる一方で、玲弥は過去の事実に初めて向き合った。
「…それが、戦争なんだ、玲弥。本当は、戦争なんて、いちゃあいけねぇんだよ」
藤本は噛みしめるようにゆっくりと言った。本来殺してはいけないのに、殺す。それが戦争なのだと。だから、戦争だってしてはいけないのだと。
それが当たり前のことだと知ることすら、玲弥には許されてこなかったのだ。
「きっとこれからも、お前も、俺も、志摩兄弟だって、人を殺すことになる。そんで、向こうも俺たちを殺そうとしてくる。それが戦争だ。テロだ。だから俺たちが、まずは自分で自分を守り、そして仲間を守り、力のない人々を守る。そのために先人たちが血みどろになって必死に造って来た法を、国際法を守るんだ」
そうか、それが傭兵なんだ、人間なんだ。
そう玲弥は初めて実感した。藤本の、そして志摩兄弟の心が、玲弥の中に一石を投じたのである。今までの任務でこの兄弟に散々言われたことの意味がようやく分かった。
「…ここで生きるって、そういうことなんだ」
誰かに言うわけでもなく呟いた玲弥のひとことは、部屋に静かに響いた。