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矛造を助ける手立ては、矛造自身が許さないものであると分かった柔造と金造の顔は、まさに絶望だった。


「玲弥が…力使い切って死んだら、どないすんねん…俺はええから、ぐっ…はよ、いけ」

「そんな…な、なぁ、柔兄、どないしよ、なぁ…!」

「…っ、」


金造はついに涙をこぼし、柔造は唇をかみ切りそうなほど噛みしめた。

自分の身が自分で守り、そのうえで仲間を守るのではなかったのか。あれだけ自分を大事にしろと言いながら、矛造自身はこれだ。
言いたいことはたくさんあったが、どれもが違う気がした。

玲弥は矛造の近くにしゃがむと、うつろになりつつある目に視線を合わせる。


「……ありがとう、矛造さん…ありがとう……!」


言ううちに喉が詰まるような、今まで経験したことのない感覚がした。それでも何とか伝えると、矛造はゆっくり右手を動かし、自身の首筋の後ろに回す。そして、ネームタグを外して、玲弥に差し出した。


「え…なんで、」


兵士は、死体を回収できないことの方が多いため、その代わりにネームタグを回収する。しかしこの場であれば、柔造か金造に渡すはずだ。


「…お守りや…死んでも、玲弥んこと、守れる、っ、はぁ…っ、ように…」


その理由は、この期に及んで、玲弥への心配からだった。なんで。それは繰り返される。なんでそこまで自分を思ってくれるのか。

玲弥はそれを受け取ると、柔造と金造に向き直る。涙目になっている2人の目を、しっかりと見据えた。


「…俺が、2人がしばらく動かなくてもいいようにする。だから、ここで…矛造さんと、一緒にいてください」

「な…なにすんねや」

「ひとりで片づけてきます。これは、前とは違う…皆で、日本に帰るためです」


すっくと玲弥は立ち上がる。2人が矛造に別れを告げられるよう、玲弥はひとりで戦うことを決めた。国連職員輸送の邪魔になるものを排除し、制空権を一時的に奪い返すのだ。
瓦礫を空中に転移させてジェット機に激突させる計画であり、玲弥が怪我をするような危険は冒さない。

しかし、心のどこかでそれは建前でしかないとも思っていた。
最近覚えたばかりの心というものが、ぽっかりと穴が開いたかのように欠けてしまっていたからだ。その空虚な場所を満たせるようなものなど、見つからないような気がした。



***



その後、第二中隊は矛造の遺体とともに帰国し、玲弥だけが残った。大規模なエレバンへの空爆によって負傷者が多数出た第二中隊に代わり、アフリカ支部の喜望峰大隊がやってきて、そこに玲弥も合流したのである。

当然玲弥にも帰国の命令が下ったのだが、藤本に頼み込んで残らせてもらった。今帰国すれば、確実に矛造のことでいっぱいになってしまう。
その葬儀に出るのも、亡くなった原因が玲弥をかばったことだったのもあり、余計に帰りたくなかったのだ。事態の重さを踏まえた藤本はその頼みを聞き入れ、玲弥を喜望峰大隊に合流させてくれた。

「自暴自棄になっとるんやないやろうな」、そう柔造は帰り際に玲弥に言った。それは純粋に心配そうなもので、柔造も金造も、誰も玲弥を責めようとするものなどいなかった。
こんなときですら、みんな玲弥のことを気にかけているのである。いくらこの2027年にやっと13歳になるような若さからだと言っても、戦場での経験は玲弥の方が長い。


「…俺のことなんて、心配する必要、ないじゃん…」


責めればいいのだ。庇われて、世界で唯一のくせに恩人ひとりも助けることができない無能だと。笑顔も見せられない、感情の欠落した殺人人形だと。
心配などせずに、そうやって罵倒してくれればいいのに。

そう考えながら、玲弥はトビリシのアパートの屋上で高原の風に吹かれる。

ナゴルノ=カラバフと同じ境遇にある地域だった、ジョージアの南オセチアとアブハジアがアルメニアに加勢したため、ジョージアは南オセチア紛争とアブハジア紛争を再燃させ、ついでにアルメニアへも侵攻した。
こうして戦争は、アルメニア、南オセチア、アブハジア対アゼルバイジャン、ジョージアという構図になり、カフカス地方全域を巻き込む戦争へと発展した。アルメニア軍の侵攻を受けるジョージアの首都トビリシにて、玲弥は外国人救出の任務にあたっている。


「心が大事だなんて言ってたけど、嘘じゃん…」


誰かを大事に思う気持ちなど知らなければ、こんな喪失感を抱えずに済んだのだ。こんな気持ちにならずに過ごせたのだ。
何かに固執するなんて、馬鹿げている。それが人ならなおさらだ。それでは、戦場で動けなくなってしまう。

もう、何かに執着するのはやめよう。自分やら他人やらを大事にするのも、もうやめだ。
任務に支障さえ出なければいいのだから。玲弥はもともと騎士團で傭兵になるべく育てられた身、傭兵として任務をこなすことこそ生きる目的ではないか。それさえ果たせれば、心なんてものを、人を、自分を大事にしようなんて思う必要は、ないのだ。

そうぼんやりと思う玲弥の後ろに、男たちが近づく。アフリカ支部の傭兵たちだ。国籍は分からない。日本と違って多国籍な地域だ、気にする意味はない。
傭兵たちはまったく聞きなじみのない言葉で喋っているが、下卑た様子にすぐ何か察しがついた。


「…まぁ、いっか」


任務に支障さえ出なければ。
口癖となるそれを日本語で呟くと、男たちは一瞬戸惑いつつも、玲弥の体を撫でまわす。


風に揺れて、二枚のネームタグが、鎖骨に少し強めに当たった。


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