大人とは
●2027年〜2028年
主人公の過去3
いつかを思い出すような形で、玲弥は大尉室にて藤本、シュラと話していた。シュラは米国から帰国し、玲弥のことを聞いて駆けつけてくれたのだという。
矛造の死後、玲弥はカフカスに残って戦争を続け、その鬼気迫る働きぶりに司令部からも自由行動を容認された結果、単独でジョージアの首都トビリシをアルメニア軍から解放してみせた。
そのほかにも、アブハジアで拘束されたジャーナリストの救出や、バクーの国連大使の救出、人道危機の起きていたラチン回廊の奪還など、目覚ましい活躍を見せた。
能力的にもSSランクとして申し分ないところにまで至ったと判断した日本支部は、玲弥を中尉にしようとした。しかし、藤本はそれを保留しているところだ。それをどうするかも含めて、藤本は今日玲弥を呼んだのである。
2027年の年の瀬、大尉室でいつぞやのように藤本のデスクの前に玲弥は立ち、数年ぶりに会ったシュラも側に控える。
「話って、なんですか」
「お前…」
玲弥のぶっきらぼうな口ぶりに、シュラは驚いたようにする。シュラが日本にいた頃の玲弥は、機械的な正しい敬語で話す子供だった。
今の言葉であれば、「話とはなんでしょうか」というような言い方をしただろう。
しかし、玲弥はぞんざいな言い方で、敬語も少し砕けている。それがもう少し年相応のものであったならば、シュラはむしろ人間味が出てきたと歓迎したところだ。だが、今の玲弥の態度にはそういう年齢的なものというよりも、何もかもを放棄した投げやりなものとしか映らなかった。
「…お前に、中尉昇進の話が出ている」
「…中尉?少尉も飛ばしてですか?」
「あぁ。カフカス紛争での活躍で、上層部が期待してるんだろう」
「そうですか」
玲弥は興味なさそうに言った。確かに一昔前なら、同じような無感動な言葉が返って来ただろうが、第一小隊に入ってからはそれなりに感情を覚え、少しは動揺してくれたはずだ。
「玲弥お前…戻ったってより、悪化してないか」
「…何がですか」
シュラが思わず言うと、玲弥はすっと目線をずらしてシュラを見据える。その眼に光はない。
「っ、獅郎!」
「落ち着けシュラ」
「でも…!」
「俺たちが焦ってどうする」
シュラは藤本に詰め寄るが、藤本は努めて冷静にふるまった。玲弥からすればいったい何の話なのか分からない。
シュラは詰め寄るのをやめ、引き下がる。
「どうしたい。玲弥の意思しだいだが…」
「俺に中隊長なんて務まらないです」
「…チームワークの何たるかは、第一小隊で学んだだろう」
第一小隊、という言葉を聞いて玲弥はぴくりとする。まだ、帰国してから志摩兄弟には会っていない。
「…俺の単独での功績を評価してるんですよね。それなら、チームを率いるなんてことへの期待とは結び付きません。俺は、ひとりの方が役に立てる」
「なるほどな…まっ、それは一理ある。そんなら固辞すると上には伝えといてやる」
「どうも。話は終わりですか?」
「…あぁ」
玲弥は小さく礼をすると、さっと踵を返す。扉へ向かう玲弥の手を、後ろから誰かがつかんだ。
「玲弥っ!」
「…なんですか、シュラさん」
手をつかんだのはシュラだ。玲弥と同じくらいの大きさだが、やはり女性らしくすべすべとした肌だった。
「あたしは、お前の味方だ…それは忘れんなよ」
「俺もだぞ」
真摯な瞳を向けるシュラと、その後ろから軽く言う藤本。2人とも、その声に玲弥への心配が乗っていた。
2人は優しい。しかしその優しさは、別に玲弥に向けられる必要などないのだ。どうするかは2人の勝手だから何も言わないにしろ、玲弥は受け取る気はなかった。
「…それはどうも。では」
それだけ言うと、少し強めにシュラの手を振り払って、大尉室を後にした。