九州戦線: 長崎陥落
●2030年6月
「こ、恋人ってなんだ…?」
「まーだ悩んでんのか」
そろそろ梅雨も本格化しようか、という6月の頭、玲弥は大尉室で書類仕事をしながら悶々としていた。正午ごろということもあり、空腹も集中力をそいでいた。
「2人で話せっつたろ」
「何を…?そっからわかんねっす」
藤本はデスクで電子煙草を吸いながら呆れていた。玲弥は柔造や廉造にも言われたその忠告もどういうことなのかよくわかっていない。
「まぁ、単調な生活じゃなかなか気づけないこともあるだろうよ」
「単調な方がありがてっすけど」
「それでも傭兵か」
書類仕事の方が単純に楽だ。しかし、いつも通りの単調な日々では勝呂との関係性を思うように変えられず、互いにどうすればいいのか考えあぐねていた。
「平和のがいいことだから、お前の言うことも間違っちゃいねぇけどな」
「そっすよ。はぁ、にしても、いったいどうすれば…」
うだうだと一向に進まないパソコンの画面をじっと見ていると、その画面がパッと切り替わる。その禍々しい赤色に、一気に思考が冴え渡った。
『Jアラート発令、Jアラート発令。東シナ海海上より複数の飛翔体、九州地方全域に警戒宣言』
「ちっ、ミサイルか…」
藤本は舌打ちをつくと、デスクの緊急ボタンを押しながら喋る。
「総員、出動待機」
その声は施設全体に響いた。特科大隊全員に準備を知らせる内容だ。
「全員っすか…?」
「ただのミサイル発射じゃねぇ。これはおそらく、上陸される。お前は転移準備だ」
「了解」
玲弥は立ち上がり、ネームタグを握る。そして、警報を知らせるパソコンの画面を見た。
「発射地点は海上…SLBMですね」
「おそらくな…しかも、迎撃がない」
潜水艦発射型弾道ミサイルのことをSLBMという。弾道ミサイルは一度宇宙空間に出てから落下してくるタイプのミサイルのことで、迎撃が非常に難しい。
「迎撃がまだってことはロフテッド軌道ってことっすね。なんて厄介な…」
「しかも、おそらく12発撃ってやがる。これは、何発か落ちるぞ」
「そのあと上陸ってことか…」
藤本には断続的に国防省や気象庁からのデータが送られ、ミサイルだと思われる高熱反応が12発あると知ったようだ。ミサイルと見ていい。
ロフテッド軌道とは、通常の弾道ミサイルよりさらに高高度を飛行するタイプの弾道である。これは、大気圏に再突入する終末高高度での迎撃に賭けるしかない。だが、終末高高度から地表までの落下スピードは秒速約8キロ、ジェット機の航行高度からたった2秒ほどで地上に到達する速さだ。
「玲弥、迎撃システムの起動チェック」
「了解…国防軍と米軍のパトリオットとTHAADが起動してます。20発ですね」
「20発か…どんくらい防げるのやら」
「政令指定都市のひとつかふたつかは消えますね」
玲弥はパソコンの画面に表示した迎撃ミサイルの状況を見て冷静に分析する。そろそろ、SLBMの大気圏突入だ。
「基地内のモニターに九州各地の映像を表示します」
玲弥は画面をさらにいじり、大尉室と基地のすべてのモニターに九州各地のライブ映像を表示する。藤本は険しい顔でそれを見つめた。
画面には長崎市、福岡市、北九州市、熊本市、鹿児島市の中心市街地の映像と、佐世保国防海軍基地、長崎国防海軍基地、鹿児島国防空軍基地の映像が映し出される。
市街地はどこもパニック状態になっており、市民が次々と地下鉄や高層ビルの地下に設置されたシェルターに駆け込んでいくのが映っていた。