九州戦線: ″有明の月″作戦
●2030年6月
続き
国防軍の失態はすぐさま国内に広がった。福岡市街地でのシェルターに取り残された市民の救出はそれなりにうまくいっているのだが、ひとつの失敗のほうが大きく目を引いてしまう。
特に、失敗しただけでなくさらなる侵攻を許してしまったことも大きかった。
長崎県の大半が占領され、100万人あまりが占領地のシェルターに残っていると思われる。最初に占領された長崎市など西彼杵半島や長崎半島では、すでにシェルターに入って2日目。設備としては核爆発後の放射能半減まで1週間ほどを過ごせるように備蓄されているが、地下に不特定多数の人間と閉じ込められる精神的ストレスは看過できない。
福岡が壊滅した今、九州最大の都市となった熊本市まで目と鼻の先まで敵が来ている状況で、ついに政府は騎士團に全権を委任することにした。
「おせぇ」と藤本はいら立っていた。当然だ、当初より占領地が倍以上に広がったのだから。多良岳のような山間部もあれば、大村湾のような海上、狭い平野や限られた陸上ルートなど、奪還作戦を展開するには長崎県の地形は複雑すぎるのだ。
「…どう思う、玲弥」
熊本市の有明海沿岸部に設置された宿営地の会議室にて、藤本は難しい顔で空中に表示されたホログラムの地図を見ながら問いかけた。それに向かい合う玲弥はしばし考えてから口を開いた。
「…俺がひとりで作戦をやれって言われたら、いつもなら指令系統を破壊しに行くんすけど」
「敵指令系統の現場中枢はおそらくステルス潜水艦、発見しても玲弥は転移できない」
そう、いつもなら転移で司令官を殺害して指令系統を乱すのだが、今回はステルス潜水艦の中にある。それだと玲弥は転移できないのだ。具体的な場所がわからないと移動することはできない。
「なんで、それならいくつか集中的に攻撃するラインを設定して、5分ですべて破壊します。ほぼ同時じゃねぇと何されるか」
「そうだよな…しかし、さすがの騎士團でも一気に長崎市街地まで解放するのは無理だ。国防軍と米軍に奪還地を確保してもらうにしても、すべてのラインを突破してから5分は市街地突入までかかる」
「…そこは割り切るしかねっすね。俺たちは万能じゃない」
「……まっ、お前の言う通りだな。よし、そうしよう」
藤本はいろいろと考えてはいたようだが、まったく犠牲を出さずに巨大な長崎市を解放することはできないと判断したようだ。
そうして、作戦が発表された。
まず、長崎市を除く地域を一気に奪い返す。玲弥が言った通り、複数のラインを設定し、そこに玲弥が傭兵たちを転移させる。
一つ目のラインは鹿島・東彼杵ラインだ。多良山系の北側、有明海側の鹿島市と大村湾側の東彼杵町とを結ぶラインで、ここは一般科の傭兵4千人が担当する。
もうひとつ、西彼杵半島北端の西海橋から米軍と国防軍が西海市に入る。
これが北側からの奪還ルートだ。
一方、多良山系の南側には大村・諫早ラインと有明川ラインのふたつを設置する。大村・諫早ラインは、多良岳の西側にある大村市と南側にある諫早市とを結ぶラインで、実質、大村市と諫早市の奪還である。
有明川は諫早市と雲仙市との境になっている川で、この川の東に島原半島がある。これは事実上、島原半島の奪還となる。
そして長崎市の東側には、以前の第一防衛線だった喜々津・矢上ラインを設け、西側には最初の侵攻地点だった京泊・村松ラインを設ける。
この合計5つのラインのうち、多良山系の南側にある4つのラインが特科大隊の管轄である。
そして、特科大隊がこのラインを解放すると同時に、一般科の傭兵や国防軍、米軍が奪還した土地の確保を行う。
とにかくこの作戦は素早く終わる必要がある。特科大隊の本領を発揮する場面と言ってもいい。
「以降、本作戦を『有明の月作戦』と呼称する」
夜が明けても空に残っている月のことだ。解放する特科大隊を夜明けとし、解放した土地に他の部隊が残って確保することにたとえ、さらにこの作戦が有明海西岸で行われることからこの名前となった。