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しかし今度はビルの2階からも銃撃が始まった。人かロボットかはわからないが、気配の察知に遅れた隊員たちを転移させ、浄水水槽の影に隠れた。
雪男と燐は大丈夫だろう。いまだ拠点ビルの近くでやりあっているようだ。
こちらには他の隊員たちがおり、絶え間なく響く銃弾の音に顔を強張らせていた。
「…落ち着け。こういうときどうしろって言った?」
だがこの状況はよくあることで、玲弥はしっかりと訓練で指導している。
勝呂がすかざず答えた。
「杜山さんが木のバリケードを生やし、志摩が頑丈なモン浮かせて盾にしながら徐々に進んでいき、俺の雷撃と神木の氷撃で相手に打撃を与える。宝も能力の影響範囲内に入ったら傀儡能力で仲間討ちをさせて、子猫丸は周囲の接近する敵がいないか感応能力で探知」
「パーフェクト。よし、じゃあ行ってこい」
「えぇ、玲弥は行かへんの」
情けない声を出す廉造をどつくと、女子2人を見やる。
「こいつらが暴走しないように見張っといて」
「はい!」
元気よく返事をしたのはしえみで、出雲は嫌そうにうなずいた。そういう表情ができるということは、それだけ余裕を取り戻したということだ。
「俺は奥村兄弟に加勢する。お前らは他のビルの敵の掃討だ」
そう言うと、玲弥は奥村兄弟のところへ転移する。雪男の頭の血管だけが心配だった。
***
『有明の月作戦』開始から早くも5分、喜々津・矢上ラインは解放された。さすがの京都組が集まる部隊、団結力はピカイチだ。
ついで開始15分で有明川ラインが解放され、京泊・村松ラインも突破した。
大村・諫早ラインも30分ほどですべての地点における作戦が終了し、玲弥たち第三小隊も浄水場の敵を掃討した。
一般科などが展開している鹿島・東彼杵ラインと西海橋も無事に解放され、北からの合流も近い。
解放され、国防軍や米軍、一般科傭兵が確保した地域ではシェルターの市民が続々と地上に出てきて、解放を喜んだ。
しかし特科大隊は一息つく暇などない。
『これより作戦は第二フェーズに移行する』
藤本の声がインカムに流れる。
これより『有明の月作戦』は、長崎解放戦へと移行するのだ。ここからが本番と言ってもよい。
特科大隊が、小隊ごとに様々なルートで一斉に市街地に侵入する。
北の大村湾に面する時津町から南の長崎港まで、市街地は東西を山に挟まれて南北に細長く広がっている。
市街地が広く、また、数十万人が取り残されていることからも、早急に敵の場所を突き止め、かつ速やかにそれを叩かねばならない。
そのために、東西からほぼ定間隔で小隊が市域に入り、感応能力者が全力で探知、見つけ次第すぐに駆けつけるというものだ。
西は京泊・村松ラインから国道206号、28号、112号を使い、東は喜々津・矢上ラインから国道207号、116号、51号と長崎バイパス、長崎本線の南北両方の路線、計9のルートだ。
このうち玲弥ら第三小隊は国道116号ルートを任されている。おそらく、作戦で2番目に重要なポジションだ。
補給科の傭兵が運転するバンの中、雪男の作戦の提案を聞きながら玲弥はそれを隊員たちに伝える。
「雪男が言う通り、ダムを抜けて国道34号に接続したら、そのまま34号を道なりに進んだほうがいい。その先には長崎市役所、県庁と市街地南部の中心部があるからな。周りには敵船舶が停泊できる港湾施設や大きな病院、長崎駅もある」
「せ、責任重大やんか〜」
相変わらずやる気のない廉造を子猫丸が憐れむように見たあと、勝呂がぽつりと呟く。
「…もし、市民を人質にされてもうたら…」
しえみや子猫丸の息をのむ音がする。やはりか、と玲弥はため息をつきたくなるのを我慢する。
「人質救出より、敵のせん滅と長崎市の解放が最優先だ。任務には市民の救出は付与されてない」
「任務云々の問題やなく、倫理の問題やないんか」
「傭兵は倫理云々ではなく任務を問題とするのが仕事だ」
雪男は仕方なさそうに沈黙する。事実、仕方ないのだ。
燐も何か言いたげだが、勝呂に任せていた。言いたいことが同じだからだろう。
「それで…それで玲弥はええんか」
「それが任務だって言われたらそれまで。俺たちは万能じゃないし、正義の味方でもない」
「俺は、この力を、人を守るために使いたいんや!それをやめたら、俺らは、俺らは…ただのバケモンやないか…!」
痛いほどの沈黙が車内に落ちる。補給科の運転手も気まずそうにしている。
勝呂のいうことは、能力者なら、特科大隊の傭兵なら誰もが理解できることだ。
「……はぁ、あんま私情を挟むことはしたくねぇんだけど……」
玲弥は勝呂のまっすぐな目を見て、ため息をついた。正直、この目には弱い。
傭兵としての生き方しか知らない玲弥には、眩しすぎるのだ。
「…こちら葛城」
『おう、どした』
玲弥はインカムに手をあてると、藤本を呼び出した。
「本作戦に、人質となった場合の民間人の救出任務を付与してください。ただし、俺がやります」
『珍しいな、お前がそんなこと言うなんて』
「…正義漢に引き合わせたあんたのせいっすよ」
『ぷっ、はは、そうかそうか!わかった、そういうことなら認めてやろう。葛城准大尉、現時点をもって人質発生時の救出任務を付与する。あとで少尉以上にはこっちで伝えとくぞ』
「あざます。了解っす」
通信を切ると、驚いたようにこちらを見る勝呂と隊員たちに視線を合わせる。
「ってことで、人質救出は認めてやる。けど、それをやるのは俺だ。秒速で解決すれば市街地奪還に支障を出さない」
「だ、大丈夫なんか…」
正直、それほど大丈夫ではない。大隊の移動や国防軍の救出など、すでに1万人近い数の転移を行っている。
そろそろ力の使いすぎで倒れそうだったが、そんなことを悟らせるほど浅い経験ではない。誰も、玲弥の疲労など気付けないだろう。
「ちょっと現場へ転移して人質を安全な場所へ転移するだけだし。でも、今回だけだ」
「…おん、おおきにな」
嘘を平然と吐く。そこまでする必要があるのか思わないでもない。
だが、ふ、と笑う勝呂の笑みは、なんだか久しぶりに見たような気がした。それだけで、まぁいいか、なんて思えてしまうのだ。