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東京都新宿区市谷、国防省。
日本の国防を担う行政府で、国防軍を管轄する。
憲法を改正して、現在は正規の日本軍として陸軍、海軍、空軍と保有しているが、いまだに専守防衛の原則は変わらず、大戦が始まってからも、日本に宣戦布告した敵国に対しての直接攻撃はしていない。
むしろ、戦争がはじまる前は平和維持活動のために軍事力を持って他国領土に入ったことがあるが、戦時中となった今はどこの国にも入っていなかった。
強いて言うなら、輸送艦が戦場となった外国の邦人を助けに行ったくらいである。
そんな国防軍だったがゆえに、先の九州戦線ではまったく歯が立たなかった。金沢の戦いでもそうだったが、騎士團の力なしには国を守ることができなったのだ。
改めて、これが戦争なのだと、1945年の終戦からおよそ1世紀が経った日本は思い知ったのである。
そんな国防軍と、それを統帥する内閣府、そして騎士團の代表が一同に会して、今後の国防方針を協議することになった。
国防軍からは陸海空の幕僚と統合幕僚長、内閣府からは国防大臣と国家安全保障委員会の委員長、騎士團からは支部長メフィスト・フェレスと一般科の少佐以上、特科大隊の少尉以上である。
公然の秘密である特科大隊の能力者集団がこれほどまでに政府と面するのは初めてのことである。
これは、騎士團の取り込みを図っているな、と藤本はこっそり考えていた。
国防軍にも能力者の部隊を作りたいのだろう。
大きな会議室に四角を描いてテーブルが並び、そこに参加者がスーツ姿で並ぶ。騎士團は制服だ。
ネイビーの詰襟の制服は、それだけでスーツの役人とは住む場所が違うのだと圧力を放っていた。
それもそのはず、この制服を着ている者は皆、人を殺したことがあるのだから。
大尉から上になると、制服の色はネイビーから黒に変わる。役職や功績によって、胸章の種類や数も違うし、胸章から肩にかけてつけられた金色のチェーンも種類は違うが、おおむね似たり寄ったりだ。
時刻は午後14時を指す。会議開始の定刻だ。
ぴったりの時間に、司会者がマイク越しに会議の開始を宣言する。
ここからは、頭脳戦だ。特に、脳筋の集まりである一般科にはできない官僚との化かし合い騙し合いの世界である。
隣に座るメフィストはにやにやとしていた。
「…なに笑ってんだ」
「いえ…これはやりがいのある会議だなぁと」
「気持ちわり」
「悪口ですよ!」
小声で目線すら合わせないで会話する。周りにはバレていないだろう。
このヨーロッパ人の西洋狸は、これでいてこういった会議に強い。伊達に支部長をやっていない。
しかし、そうやって楽しもうとしていたメフィストに、水を差すようにけたたましい爆音が響き渡った。
「なんだ!?」
「爆発だ!」
突然の階下からの爆発音、そして小刻みに揺れるビル。電灯が瞬き、窓ガラスにヒビが入るピシリという音が聞こえる。
女性が圧倒的に少ない会議だけあり、動揺する男たちの抑えた声が満ちた。
そして扉が乱暴に開け放たれると、銃を構えた男たちが押し入ってきた。テロリスト、と見る以外の選択肢はないだろう。
「動くな!」
男たちが髪の毛を掴む女性たちは、受付の女性だ。今時AIではなく昔ながらの受付嬢など置くから人質に取られるのだ。
とはいえ、騎士團の上層部、特に特科大隊は実力者揃いでも、これほど限られた環境では動けない。人質がいればなおさらだ。
「チッ…やっぱ玲弥連れてくればよかった」
玲弥がいればすぐに解決するのに、と藤本は面倒に思う。負ける、まして死ぬなどとは微塵も思っていない。
なぜなら、人質も、官僚も、幕僚も、一般科の幹部ですら、「替えが効く」人間なのだ。代わりはいくらでもいる。
特科大隊の傭兵とメフィストが無事ならそれでいいし、それは簡単なことだ。他の替えがいるやつらのことは無視してここを脱出すればいい。
自分たちは傭兵なのだから。
しかし、そうたかをくくっていた藤本だったが、男たちがこちらを見てニヤリとすると、状況が少し違うことに気付いた。
「何か行動を起こしてみろ、都内に仕掛けた20か所の爆弾が爆発するからな。それに…俺たちは能力者だ、お前らほどでなくても、見くびらないことだ」
あぁ、これは。藤本は舌打ちどころか呆然とする。思っていたのよりも、何百倍も最悪な状況だ。
「これは……チッ……」
珍しいメフィストの舌打ちもまた、その藤本の考えが間違っていないことを証明していた。