Middle Age I: the Ruler of North Sea
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第一次ノルマン戦争は842年に停戦し、いったんヴァイキングたちは去っていった。その後しばらくはやってこなかったものの、120年ほど経って記憶も薄れると、停戦時に結んだ和議を破棄して再び侵攻してきた。
961年、デンマークが武装してポルタスヴィアに上陸した。
第二次ノルマン戦争の始まりである。
***
ポルタスヴィアの門外で、再びデンマークとアルレシアは相対する。
「また来やがったのか…?」
「おう!やっぱアルレシアめんごいからな!…俺のモンにしでぇんだ」
ニヤリ、と笑うデンマークは、前に会ったときよりでかくなっていた。体格も良くなり、すでに斧を使いこなしている。
「通商なら歓迎してやるっつったのに」
「我慢できねぇんだって!だがらノル置いてきたんだっぺ」
デンマークはそう言うと、斧で斬りかかってきた。アルレシアは剣で構えたが、重い斧は簡単に剣を砕いた。咄嗟に飛び退くと、避けながら折れた剣の先をデンマークに突き刺す。
しかし剣は甲冑に阻まれ、刺さることはない。
「ちっ、…!」
「準備してぎだ甲斐があったってもんだべ」
デンマークはニヤリとし、アルレシアの腕を弾いて剣を取り落とさせた。そのまま腕を掴んで引っ張り、足を払って転倒させた。
仰向けになったアルレシアに、デンマークが馬乗りになる。
「ぐっ…!」
「どうだアルレシア、従う気になったっぺ?」
ドス、と斧が顔の真横に突き立てられる。やりやがって、と睨み付けるが効かない。
そこでアルレシアは、思い切り膝を突き上げた。当然、そこには股間。
「ひょあっ!?」
「どけ!!」
顔色を青ざめさせて倒れ伏すデンマーク。男として罪悪感はないでもないが、こうでもしないと効かないのだ、致し方ない。
そうしてデンマークは沈黙した。
結果、972年、島の東端にノルマンディア伯領を設けて、一部での自治に同意することにした。フランスのノルマンディー伯と同様である。
***
1013年、デンマーク王スヴェン1世がイングランドを征服し王位に着いた。
その頃から、アルレシア王室内における権力闘争が激しくなってきた。
このときの王朝はポルタス朝といい、ポルタスヴィアに本家を置く一族が王都レガリスタードの王宮で執政していた。また、助言役として、統一前は王国だったミネラスモエニア公とウェストゥラント公の公爵の親族が国王についており、それぞれの影響力を保持していた。
リートラント伯やオストラント伯などの伯領はすでにアルレシア王家に接収され直轄となっていたが、これらの公国はまだ力を持っていたのである。
この状況に不満を抱いていたのがレガリスタードにあった王家の分家だった。名字こそ同じだが、中央集権がなされるべきだと彼らは考えていたのだ。
そこでこの分家は、密かにスヴェン1世と取引し、イングランドにウェストゥラントへと侵攻する手引きをする代わりに分家には攻撃させないことを約束した。
こうして1013年からウェストゥラント戦争が始まり、1014年にウェストゥラント公国は滅亡、イングランドに接収された。
同様に1016年よりクヌート王へミネラスモエニア戦争を手引きし、1018年にミネラスモエニア公国も滅亡。
やがて1031年、ついにアルレシア王家本家も滅ぼし、ここにアルレシア王国はクヌート王の支配下に入った。
「アルレシアのここもここもここも俺のモンだっぺぇ…!」
「気持ち悪…」
「ちげぇね」
デンマークはそれをいいことにあちこち触ってくるが、その度にノルウェーに殴られていた。いまいちこの力関係が謎である。
だがそんな状況は長くは続かず、1035年にクヌート王が亡くなるとレガリスタードの分家は反旗を翻し、満を持して王権を得るべく第三次ノルマン戦争を開始した。
混乱するデンマークに圧勝した分家は王権を奪取し、ここにレガリスタード朝が始まる。
ミネラスモエニアとウェストゥラントは直轄領として編入され、ついにノルマンディア伯を除く全土が完全に統一された。
1105年にはノルマンディア伯も第四次ノルマン戦争によって、テンプを破壊して伯領全域を水没させることで勝利した。すでに温暖化によって海面が上がっていたことが功を奏した。
1106年にノルマンディア伯領はもはや土地ではなくなり廃止され、ついにノルマン勢力を駆逐した。
1134年には同様の海進によってドグラント伯も廃止され水没、現在の国土となった。