Early Modern I: the crown oversea
−結婚しました







「アルレシア、私、結婚することにしたの。だからあなたも彼の支配下に入るのよ」



それが、1000年以上生きてからアルレシアに訪れた、苦難の始まりだった。




***




アルレシアの周りには、5つの国がある。

イングランド、スコットランド、ノルウェー、デンマーク、神聖ローマ帝国だ。

そして神聖ローマ帝国に数多く存在する領邦の中で最も近いのが、ネーデルラントだった。
もともと、ネーデルラントは現在のオランダ地域とルクセンブルクが神聖ローマ帝国、ベルギーがフランスに属していた。
オランダはホラント伯やゼーラント伯、リンブルフ伯などからなり、ベルギーにはフランドル伯、エノー伯、ブラバント伯などがあった。
これらの伯領は、百年戦争末期にブルゴーニュ公がだんだんと結婚によって統合していき、やがてネーデルラント一帯がブルゴーニュ公の支配下に入った。
その後、百年戦争終戦後にブルゴーニュ公はフランス王との戦いに敗れ、ブルゴーニュ本土を王室に併合されてしまう。そして、ブルゴーニュ公はネーデルラントの領主となった。

そのブルゴーニュ公最後の君主、女公マリーはハプスブルクのマクシミリアン1世と結婚、その息子フィリップはスペイン王女フアナと結婚した。


その頃アルレシアを悩ましていたのが、上司の後継ぎ問題だった。
男子が生まれず、女子のマリア一人で、その子も体が弱く断絶の危機に瀕していた。

そこで、マリアがフィリップとフアナの息子シャルルと結婚することになった。
そして冒頭に戻る。


「じゃあ、俺はネーデルラントの下につくわけですね…?」

「ええ…ごめんなさい、いくら欧州最大の名家たいえど、たかが領邦に1600年以上独立を保ち続けたあなたを下らせてしまって」

「いえ……これも、経験ですよ。お体を大事になさって下さい。お住まいはどちらに?」

「ガンかアントウェルペンかと思ったのだけれど、アムステルダムですって」

「…そうですか」


よりによって。
アルレシアは舌打ちを抑えた。

南の女性、ベルギーならまだしも、北の青年オランダの方だ。

ポルトガルによる様々な物品の流通は、ヨーロッパの中心を西へ導いた。
徐々に、ベルギーの覇権が弱まりポルトガルの力が強まっているのだ。ネーデルラントの中心も揺れ動いているようだ。


「オランダという方はとても格好いいという噂ね。もちろんあなたが一番格好いいけれど」

「身にあまるお言葉です…そうですね、顔はいいやつです」

「あら、知り合いなの?」

「…まぁ、取引はしてますね。それだけなので、知り合いとも言えないかもしれません」

「そうなの…ぜひ、仲良くしてちょうだいね」

「?、はい」


上と下どちらかしら、きゃっ!私ったら!
と小さく声を上げる王女に、アルレシアは不思議そうな目を向けた。


***


上司の結婚式は、オランダでやるらしい。
つまり、その少し前にはアルレシアもオランダの家へ行かなければならない。

そうして、アルレシアは国を離れその玄関にいるわけだが。


「迎えはないと…」


使用人がいるはずだが、その迎えすらない。向かう時間はちゃんと伝令をやったにも関わらずだ。


「…ナメやがって」


領邦風情が、調子に乗りすぎだ。


スペインにポルトガルのことを言えないかもしれない、むかつく。
しかし年上のこちらも、それくらいで気を荒立ててはいけない。

アルレシアは落ち着いて呼び鈴を鳴らした。


少しして、使用人が姿を現す。


「今日からここで世話になるアルレシアだ」

「承知しております。こちらへどうぞ」


メイドの女性に促され、屋敷に入る。

にこりともせずメイドは頭を下げ、そして、立ち去った。


「は…?」


思わず呆然として声をかけられなかった。客に近い者を置いていくなど考えられない。


「…耐えろ」


平常心。
新人かなにかだ、きっとそうだ。
アルレシアは無理矢理言い聞かせて辺りを見渡す。

吹き抜けのエントランス、前方には大きな階段があり、左右に廊下が伸びる。


「…勝手に歩くわけにはいかないよな」


あのメイドはアルレシアをここに残した意図があったのだろうか。
何も分からないまましばらく突っ立っていると、頭上から突然声が響いた。


「誰や」


低い男の声。
何度か聞いたそれは、ここの家主のものだ。

階段の上から、エントランスにいるアルレシアに声をかけたオランダは、そのまま階段を下りて少し離れた場所に立った。
前髪を立たせ、凜と整った顔がこちらを睥睨する。トレードマークのストールがすきま風に揺れた。


「あー、改めて、アルレシアだ。よろしく頼む」

「よろしくしなくて結構やざ。迷惑かけんようにしねま」

「……ほー」


喧嘩を売っているのだろうか。

今すぐ国土を焦土にしてやりたい気が沸くが、幼い上司もこの国にはいる、迂闊なことはできない。
彼女から新たな血筋が生まれなければ、王家は完全に途絶えてしまう。

体の弱さを考えれば、心労をかけさせることなどアルレシアにできるわけがなかった。


「…そうか。部屋はどこだ?」

「使用人に案内させたる。忙しいさけ、もう行く」


そう残してオランダは廊下を歩いて行った。


「…はぁぁ…」


長いため息を吐く。
すでに精神的に疲れ切っていた。


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