Early Modern I: the crown oversea
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使用人に案内された部屋で暮らし始めて、半月が経った。
部屋自体は悪いものではない。
しかし、ここでの生活は想像より遥かに不愉快だった。
まず使用人たちが愛想がない。
嫌いな相手に渋々仕える、といった感じが全面に出ている。上司が人質のようなものであることを知っているからだ。
それでも、彼らはまだ許せた。
おそらく、彼らがアルレシアを嫌うのはオランダがアルレシアを嫌っているからだ。自然と国民もそういう感情になってしまうのだろう。
屋敷でオランダの近くにいる分、顕著なのかもしれない。
一番嫌なのは、オランダの態度だった。
元から最低限の会話で商談をしてきたから、仲というものはまさに他人だ。
それは好きではないということだが、嫌いでもないはずだ。
とどのつまり、アルレシアはなぜオランダに嫌われているのか分からなかった。
それが分からないまま、オランダには避けられ、使用人には冷たくされ、何の自由もない。アルレシアは毎日、仕事をして食事をして入浴して寝るだけしか、やることがない。
そんな暮らしが半月続いた。
もう久しくまともな会話もしていなければ、笑顔にもなっていない。
そこへ、手紙が届いた。
ある日使用人に渡されたそれは、フランスからのものだ。
『やぁアルレシア、元気にしてるかい?突然結婚だなんて、俺も眉毛もデンマークもノルウェーもびっくりして嫉妬に狂いそうだよ。スペインもかな。デンマークが、ノルウェーの機嫌がずっと悪くて困ってるって相談してきたくらいだし。オランダには何もされてない?何かあったら言うんだよ。――フランスより愛だけを込めて』
相変わらずな手紙の内容に、ぎこちなくだが笑みが浮かぶ。
表情筋が痛む。
手紙が、丸く濡れた。
「…つらいよ、すごく」
でも、頼るわけにはいかない。
これはアルレシアとオランダの問題だからだ。
「ありがと、頑張るよ」
そう、決意したのだが。
「教会が建った…?」
仕事をする中で、本国からの報告書が届いていた。そこには、オランダによって教会が建てられたことが書いてあった。
まるで、征服地にするような行為。
国民が建てたなら許す、だがこんな勝手なマネは許せなかった。それに、建てるにあたって税金を投入し農地を潰している。
がた、と音をたてて立ち上がると、アルレシアはすぐさま行動に出た。
柔らかい絨毯が引かれた廊下を足早に歩く。暇な半月の間に把握した屋敷の構造を浮かべながら、オランダの執務室に向かう。
一際豪華な扉。この中にいるはずだ。
アルレシアはノックもせずに扉を開け放った。
「……―――オランダ」
ひどく冷たい声を放つ。
正面のデスクに座るオランダは、少し驚いたような顔をした。顔を見るのはこの屋敷に来たとき以来だが、そんなことはどうでも良かった。
「これ、どういうことだ」
デスクに報告書をたたき付ける。
オランダはそれに一瞥だけ寄越し、すぐ元の書類に目を戻した。
「ほれがなんや」
「いつから俺はお前の植民地になった?あくまでこれは同君連合だ、お前の上司をその主君に据えているからと言って勝手な真似は許されない。帝国の領邦の分際で…あまり調子に乗るなよ、若造が」
怒気も露に言えば、一瞬ぴくりと肩が揺れる。
しかしすぐにこちらを睨み返した。
「嫌なら上司連れて帰国しねま。送りに人はやらんけどのぉ」
「…、お前からそんな仕打ちを受ける謂われはない。だいたい最初からお前も屋敷の使用人も礼儀を知らないようだったな」
「……俺からこういう仕打ち受ける謂われはない言うたな」
「?ああ」
するとオランダは突然立ち上がった。感情的な言動をしないオランダの荒々しい姿に、虚を突かれる。
「―――お前が言えたセリフやない。こっちのセリフやざ」
「うわっ、」
そしてアルレシアを突き飛ばし、オランダは歩き去っていった。
その一瞬見えた横顔は悲しげで。
アルレシアは怒りが萎んでいくのが分かった。
(なんだ…?)
バタン、と音をたてて閉じた扉を呆然と眺める。
閉ざされた扉は、絶対的な断絶を持っていた。
アルレシアとオランダの間に横たわる果てしない溝があり、それがアルレシアがオランダの家にいる間に埋まることはなかった。
数年間が今度こそオランダと関わりのないまま過ぎ、やがてマリアが亡くなったあとにシャルルはポルトガル王女と婚姻関係を結んだ。ネーデルラントとアルレシアは結婚の相続の関係でハプスブルク領になった。
シャルルは母から継いだスペイン王の地位についてカルロス1世となり、ネーデルラントとアルレシアはスペインの家に引っ越すことになる。
二人は、関係がマイナスになったまま新たな環境に投げ出されたのだった。