Early Modern I: the crown oversea
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「スペイン落ち着け。オランダからの税収が一番重要なんだろ」

「関係あらへん」

「ちげえだろ!」


珍しく、アルレシアが声を荒げた。
それは滅多にないことで、スペインにとっては初めてのことだった。


「っ、」

「お前が抱える国民はいくらだ!オランダにいる人間はいくらだ!私情で人間たちを陥れるな!」


怒鳴られたスペインは呆気にとられ、「はい、すいません…」と情けない声で返した。


「…それに、オランダ自身は悪いやつじゃないはずだ。俺のことが嫌いなだけで」

「アルレは嫌いじゃないん?」

「…悲しかっただけだ。嫌いになりはしない」

「ふーん…ま、アルレがそう言うんならええわ」


スペインはさっきのことがなかったかのようにあっさり終えた。本気でなかったのかは分からない。


「あ、ロマの様子見てきてくれへん?掃除するよう言ったんやけどできとるんかなぁ」

「…分かった」


釈然としないまま、アルレシアはその場を離れた。まるで狐につままれたかのような気分だ。



***



「やって、良かったなぁ」


スペインが扉の陰に声をかけると、オランダがぶすっとしながら出て来た。


「何がや」

「しらばっくれるん?嬉しいくせにー」


このこの、と茶化すスペインをオランダは睨む。


「いけ好かんやつやな」


スペインはオランダがずっと聞いていたことに気付いていた。
オランダを嫌いじゃないと言ったアルレシアのことだけでなく、潰すと言ったスペインの言葉もだ。


「まぁ俺、嘘は一つも言ってへんなぁ」

「ちっ」


舌打ちをついたオランダを、今度はスペインが睨む。どんなにお茶らけて見えていようと、あのイスラム政権をイベリアから追い出した実力は本物だ。


「お前の気持ちには気付いとる。やけど、親分やからって譲らんで。アルレの傷は俺が癒したる。あいつ傷付けたこと許さんからな」


挑戦的なスペインに、再びオランダは舌打ちをして立ち去った。


「難儀なやっちゃなぁ」


ため息をついて苦笑する。すぐに、スペインはソファーの背もたれに体を預けて頭を振る。


「俺もか、」


わざとアルレシアが一人を嫌うことを言ってやったのだ、オランダが今後参考にできることを言うなんて。

塩を送るとはこのことだ。


「好きや、アルレ…」


それでも、何よりも、国として駆け出しの自分を励まし続けてくれた優しい歳上のあの人が好きで、幸せになってもらいたいと思うのだ。そのためなら、自分が不利になろうと構わない。


***


アルレシアが言われた通りロマーノの様子を見に行くと、掃除をしようとしていたらしい部屋は凄まじいことになっていた。


「あー…ロマーノ、」

「あ、アルレシアか。どうしたんだちくしょー」

「ちくしょーとか言わないの。掃除してんだって?」

「まあな!」

「偉いなー」


頭を撫でてやりながら、周りのものを片す。


「きっとそのうち、男と女が平等になる。そん時掃除とか料理できるとモテるぞ」

「そんな時代くんのか?」

「俺がロマーノくらいのときは奴隷がたくさんいたんだぞ。今は肌が白い人に奴隷なんてほとんどいないからな」

「使用人はいなくなってねえぞ?」

「誰かに仕えることも自由になりつつある。嫌なら辞められるんだ」

「へえー。じゃあ掃除頑張って、ベッラにモテる!」

「おー頑張れ」


話しながらあらかた周りを片付け終える。こっそりやるのがミソだ。


「なぁ、そういやアルレシアはオランダが嫌いなのか?」

「えっ?」

「だってお前ら全然話してねーぞ。話したくねえくらい嫌いなんじゃねーの」


またその話題か、と思いながら邪険にはしないで答える。子どもだからこそ、敏感に気づけることもある。


「嫌いじゃない。でも、俺は嫌われてるかも」

「え、なんかしたのか」

「それがわかんないんだよなぁ。ほとんど話したことないのに嫌われたから、単に気に食わねぇのかも」

「なんだよそれ」

「そういうこともあるさ。ほら、はやく片付けるぞ」






「お兄ちゃん、何してるん?」


ある部屋の前に佇むオランダを、通りかかったベルギーは訝しげに見る。


「…あぁ、アルレ兄ちゃんか」


部屋からアルレシアの声が聞こえ察する。ベルギーは呆れたように腰に手を当てた。


「お兄ちゃんもいい加減素直に言えばええんよ」

「…余計なお世話やざ」

「それでアルレ兄ちゃん傷付けるやったらお互いつらいやんか」

「…やかましい」


オランダは顔を背け歩いて行ってしまった。男ゴコロは分からない。


「もう…」


ベルギーは呆れて息をついてから、アルレシアのいる部屋に入る。


「アルレ兄ちゃーん、ロマーノちゃーん」

「どうした」

「!」

アルレシアが何か用かと首を傾げ、ロマーノが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。


(あ、ここ楽園や)


親分色が強いベルギーである。


「かわええー、あぁええわぁー」

「いやどうしたベルギー」


アルレシアは少し心配そうだ。心配をかけてはいけない。ベルギーはとっさに声を出した。


「明日、街に出て買い物せん?」

言ってから、自分ナイスと内心ガッツポーズした。


「いいぞ」

「俺も行ってやるからなちくしょー」


二人は基本誘いを断らない。
とっさに出た言葉にしてはよくやった。
この天使二人と歩けるのだ、うっかり昇天するかもしれない。




―――この言葉は、ベルギーが思っているより遥かに大きな影響を与えることを、まだ誰も知らない。


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